北陸の書店

No.70 うつのみや 柿木畠本店(金沢市広坂)

Img_1034 うつのみや。
うつのみや書店ではない。うつのみやはうつのみや。
たとえば、セロテープが商品名ではなくセロハンテープ全般を指すように、ある時代、金沢ではうつのみやというのが本屋の代名詞だったという。昨年で創業130周年。徳田秋聲、泉鏡花、室生犀星という金沢の誇る三文豪も、ここで立ち読みをした。古都金沢では創業100年以上の60社ほどの老舗が参加する「老舗100年会」という組織があるそうだが、その中で書店としては唯一名前を連ねているのが、このうつのみやなのである。

Img_1035 とまあ、これだけでうつのみやの老舗ぶりがなんとなく伝わってくる。石川県官報販売所と名刺にもうたっており、官公庁との繋がりも深い。当然、外商員も多い。公立の小中高大学、県内の私立大学全部、官公庁、それに個人のお宅にも届けている。派手目のロゴを入れた外商の自動車は、金沢の街中ではおなじみだ。
また、官公庁や企業などでの職場で注文いただいた本には、うつのみやのカバーを必ずつけるという。これは宣伝になると同時に「何を読んでいるか知られたくない」という、お客様のプライバシーに配慮しているからである。

Img_1037 お話をしてくださったのは、うつのみやの営業本部副部長であり、卸事業部の部長でもある渡辺好一さん。渡辺さんも外商を15年経験したという。昔は個人のおたくにお邪魔して、学校にあがるときには学年誌を、高校に入る頃には辞書を奨める、といった細やかな営業をしていた。だから、その家の家族構成とか好みとかも全部、把握していた。だから、自分が結婚するときにお客様にお祝いを戴いたり、入院したときはお見舞いをもらったりしたという。
Img_1036 「いまはそういう売り方はできませんね。個人情報の問題もありますから、たとえば職場でもオフィスの中には入れないようになった。受付で商品を引き渡すだけですからね」
いまでも印象的に覚えているのは、北國新聞社の編集長のこと。月に10万以上も本を買うような読書家で、手帳にはうつのみやの棚の本の名前がびっしり書かれている。それで、「明日これを届けてほしい」と電話が入ったのだそうだ。
渡辺さんが「どうしてその場で本を買わないのですか?」と尋ねると、
「一週間手帳に本の名前を書いておくと、いるかいらないかがわかる。読書を趣味という人がいるが、それはおかしい。読書することは空気を吸うことと同じだ。生きてて、目が開いているなら、人としてすべき行為だ」
と、おっしゃったという。
Img_1038 「そういうことを聞けたのも、外商ならでは、だと思いますねえ」
そういった人との繋がりもさることながら、うつのみやは県内のほかの書店との繋がりも大事にしてきた。それは、終戦後の混乱が落ち着き始めた頃に始まる。石川県も奥能登の方は交通事情も悪く、なかなか本が届かなかった。人々は活字に飢えている。うつのみやの先代が、それではいけない、と地元の雑貨屋などに頼んで本を置かせてもらったという。そこから始まって、後にはそうした地域の本屋のために、トーハンの二次卸をやるようになった。
トーハンの二次卸。
Img_1039 不勉強にして私は初めて耳にした。つまりは、トーハンの代行ということだそうだ。資金がなく、直接、トーハンと取引できない小さな書店に対して、うつのみやが取引関係を結ぶ。そして、トーハンに替わって本を届けたり、集金をしたりといった中継ぎをする、ということなのだ。
「いまは流通事情がよくなったので、商品は東販から直接送られるようになりましたが、集金はいまでもうちが代行しています」
交通事情がよくなったとはいえ、奥能登の先の方まで数万円の集金のために人を派遣していては効率が悪い。うつのみやの外商と協力することで、トーハンとしても助かることになる。一方で辺鄙な場所にあり、売り上げがさほど大きくない書店も、うつのみやと契約することで、流通の保障を得ることになる。

Img_1041 その話を聞いて、納得した。私は昔から地方を旅行するたび「この辺の人たちは、どうやって本を手に入れているのだろう。本屋はあるのだろうか」と考える子供だった(ネット書店の前の時代です、もちろん)。名古屋市内ですら、子供の頃は近所に本屋がなかった。まして辺鄙な山中とかはどうなっているのだろう、と。
だが、「不便な地域にも本を届けよう」という熱意が、そういうやり方を生む。もちろん、うつのみやも仲介手数料を取っているだろうし、それがビジネスとしての利益をもたらしてもいるだろうが、最初にあったのは文化を守ろう、文化を届けようという本屋魂みたいなものだったのではないか。

Img_1044 金沢は文化都市といわれる。前述の三文豪をはじめ、多くの文化人を輩出しているし、小説や芝居の舞台にもなっている。
また、区市町村別書店売場面積上位表(宮脇書店の熊坂さん、資料提供ありがとうございます)その4位に金沢市がきている。大型書店の進出でトップを狙えそうな我が新宿区(全国6位)を上回る成績だ。このリストは人口比などは関係なく、単純に売り場面積の合計。つまり金沢は全国有数の本屋(の売り場面積)の多い町だということなのだ。
Img_1045 加えて金沢市は泉鏡花賞を主催している。ローカルな賞でありながら、これは版元主催の文学賞並の権威がある。そうした文学賞の存在も、文化 レベルの高さを示すバロメーターのひとつ、といえよう。ちなみに、同じ石川県には白川市主催の島清恋愛文学賞もある。こちらも知名度は高い。
こうした文学を愛する風土を形成するのに、うつのみやの果たした役割は小さくないだろう。戦後のもののない時期にも、県の奥地まで本を届けてきた。人々が本を読むことを可能にした。本が文化の中心、書店が地域の文化の拠点だった時代というのは確かにあったし、この店はその一翼を担ってきたのだ。
「うちは古くからのお客様が多く、こちらが何かミスをすると『天下のうつのみやが何をやっている』と怒られます」
それだけ、地元の人々のこの店に対する期待も大きいのだろう。「天下のうつのみや」そうお客は呼ぶし、そう呼ばれることを、うつのみやの人は誇りにもしている。

Img_1043 近年、ネット書店や大型書店の進出で外商も押され気味だが、それでも年に一度、その力が如実にわかることがある。婦人雑誌の年に一度の拡販期、正月号の販売時期のことだ。家計簿などの付録がついて販売拡大を狙うこの時期、かつては「主婦の友」単体を、うつのみやグループで4万冊売ったこともあるという。毎年、それで版元に盛大な慰労会をしてもらったのだそうだ。今年も「すてきな奥さん」や「婦人画報」などをあわせて万単位の冊数を売ったという。なかなかのものだ。本気を出せば、まだまだうつのみやグループの協力体制は強いということだろう。

Img_1040 時代は変わって、本屋の役割も変わりつつある。昔のような商売ではだめだ、と言われている。老舗といえど、名前に胡坐をかいていられないし、新しい商売のやり方をみつけていかなければならないだろう。
しかし、伝統とか歴史とかいうものも、決して馬鹿にならない。ネット書店では決して育てられない何かを、ここうつのみやは育ててきたはずだ。100年以上かかって、この地に根付き、この地の文化に貢献してきた。それを喪うことは、大げさにいえば、地域の文化とか独自性を失うことに等しいのではないか。便利ということが、人の繋がりや、そこから生まれる何かに勝るものなのだろうか。
そんなことを思いながら、この店をあとにした。

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