東北の書店

政文堂閉店

私はあちこち書店を周っているけど、それは営業というより取材の意味合いも強い。もし営業だけだったら、東京都心の大型店をしらみつぶしにまわるのが一番効率がいい。わざわざ福島の10坪ないような小さな書店に3度も4度も足を運ぶ必要はない。
営業もあるけど、それ以上にそこの店の人に会いたいから行くのだ。京都に行ったらガケ書房の山下さんに会おうとか、そんな店が全国に何軒もあるということを、私は幸せだと思う。

そんなひとつだった神戸の海文堂が、先月閉店した。これで神戸元町という場所に、もう2度と行くことがないかもしれない、と思うくらいがっかりした。
そしてそのショックが褪せないうちに、福島の政文堂から今月いっぱいで閉店する、という連絡をもらった。こちらもたいへんなショックだ。わずか10坪にも満たず、平積みになっている本でも一種類につき1冊か2冊しか置かない。まあ、よくある地方の小さな店だ。しかし、そこのおばさんとはとても気が合った。初対面で3時間も立ち話をした。書店員というだけでなく、人生の先輩として、いろんな話を聞かせてもらった。客商売は接客が基本ということを、身を持って教えてもらった。私にとってはそこを訪ねることが福島を訪れる大きな目的になっていたのだ。

こちら、ご主人の御病気というどうしようもない理由での閉店だ。しかし、撤退ではない。以前ブログでこの店のことを「家族経営で、持ち家だからやっていけるんじゃないか」と書いたが、そうではないそうだ。借家で、それでも身の丈にあった商売を何十年も続け、いまでも無借金経営なのだそうだ。訪れる客は少ないが、ここを贔屓にするお客も多く、一度に何冊も買う人もいる。また、そういう人が好むだろう本をあえて並べたりする。客の顔が見える商売を福島駅前で何十年もしてきたのだ。そうして、すでにサラリーマンなら定年の年を越えている。子供たちも独立している。健康のために区切りをつけるというのは無理のない話だし、書店員人生を無事全うされたと、店主夫妻を祝福したい。

海文堂のように有名なお店ではなく、閉店にあたって新聞で取り上げられたり、本が刊行されたりするようなことは決してない。
そこを愛した人たちにだけ惜しまれて、政文堂はひっそりと消えていくのだろう。

だけど、私は好きだったよ。
訪ねるのがいつも楽しみだったよ。
福島駅前の政文堂書店。
そこにあってくれて、ありがとう。
いつまでも忘れない。

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124 .ブックボーイ 夢商店街店(岩手県大船渡市)

正直、ここに来られるとは思っていませんでした。Pb270360
岩手県大船渡市。
ブックオカに行った時、西日本新聞の記者の方が誘ってくださらなければ、来られなかったと思う。
ほんとは12月と2月に「銀盤のトレース」(実業之日本社)の文庫が出るし、3月には「ブックストア・ウォーズ」改め「書店ガール」(PHP文芸文庫)が出るので、11月はその作業の大詰め。書店周りをしている場合じゃなかったりもするけど。
だけど、せっかく声を掛けていただいたし、それはこうしてお金にならない(むしろ持ち出し)書店ブログをせっせと書いてきたおかげだと思うし、無理やり時間を調整しました。Pb270373
今回の旅、実は大船渡以外にもいろいろまわったのだけど、それは西日本新聞の子供記者の記事に詳しい。私自身はここでブックボーイさんを訪れた時の話を書こうと思う。

西日本新聞の方たちがここを訪れることになったのは、ブックオカがこのブックボーイさんを支援しているからだ。ブックオカの売り上げの一部を被災地支援にまわすことをブックオカの実行委員が決めたのだが、どこかの組織にお金を委ねて何に使われたのかわからないのではつまらない。どうせだったら同じ本屋仲間を援助したい。それもあちこち分散するのでなく、復興に向けて頑張っている本屋に渡したい。
しかし、お金は無尽蔵にあるわけではない。いろんな書店に渡すのでなく、どこか一店に絞ろPb270361 う。
そうして選ばれたのが、このブックボーイだった。
そして、西日本新聞の子供記者たちが、ブックオカの名代として支援金を届ける。
それが今回の一番の目的である。

なぜ、このブックボーイが選ばれたのかは、ブックボーイさんも西本新聞の方もご存知ではなかった。だが、ブックボーイさんのお話でなんとなくわかったのは、津波でダメになった書店というのはすごく多いわけではない。さらに、復興に向けて活動してPb270363_2 いる店はさらに少ないのだ、ということ。津波の被害を受けた場所は中小都市の、それも海辺だったから、小さな本屋が多い。だから、資金力がなくて震災と同時に閉店してしまったところが多いし、津波で店主も亡くなられて、そのまま店が消滅してしまったケースもある。
だから、復興に向けて歩み出そうというお店は少ない。こちら、ブックボーイのように、5店舗あるうちの4店舗まで流され、それでもまた新しく店を立ち上げようというのは稀なケースなのだ。そういうことから、ここが選ばれたのだろう、となんとなく納得する。

さて、今回訪れた夢商店街、というのは、大船渡駅西側に作られた仮説商店街だ。3850平Pb270364 方メートルの施設に33区画、飲食店、衣料品、食料品、スポーツ用品から理容・美容、和・洋菓子など30業者が集まっている。もとの大船渡駅周辺の商店街の業者が中心になっており、駅近くに店舗を構えていたブックボーイも、それに参加することになったのだ。二年という期間限定だが、この場所の土地代、建物の建築代などは国や民間の支援で支えられている。

おりしも訪れたのは12月1日のオープンに向け、急ピッチで準備が進んでいる頃。ま新しい木の香りが漂い、ウッデッキを作るカンカンという音が鳴り響いている。
「これこそ、復興の槌音だね」
西日本新聞の記者の方と話し合う。
お会いしたブックボーイの佐藤勝也さんは、とても明るい笑顔で一行を迎えてくれた。わざわPb270370 ざ福岡から、それも福岡の書店仲間からの支援金を持って訪ねたのだから、嬉しくないはずはない。だが、それ以上に、
「これから店が始まることにわくわくしている」
と言う。津波の後、4軒もの店が流され、自宅も流され、正直もう商売はダメだ、と思ったそうだ。しかし、そんな中でも、本を求めに店を訪ねるお客さんが来る、「早く大船渡にも帰ってきて」と頼まれる。版元や取次ぎやほかの書店の人たちから「頑張って」と激励される。そうしたことが、少しづつ佐藤さんの力になっていったのだ。
「本当に、みなさんには助けられています。つい2日前にも、日販さんの東北の大会があって、被災地の書店支援のことが話し合われましたし、震災直後の、ガ ソリンや物資がないとPb270366 きにも、瓦礫の中、リュックをしょって届けてくれた人もいました。ほんとうに、みなさんに足を向けて眠れないです」

我々が行った時はオープンを目前に控え、取次ぎから届いた真新しい本を書棚に詰め込んでいる真っ最中。店舗面積は約30坪、以前の5分の1だ。それでも、開店できる嬉しさが勝る。小さいなりに、子供たちや家族が喜ぶ本を充実させようと棚作りをしている。
ブックボーイという店名は、もともと「少年少女に夢を与えるような店にしたい」ということからPb270372 名づけられた名前だ。震災直後、多くの子供たちがブックボーイに一軒残った支店の方に訪れた。大人たちが自分の子供や孫のために、と児童書を買って行った。テレビゲームなどに押されて子供の本への関心が薄れていたと思っていた佐藤さんは、これほど多くの人が本を求めているのか、と実感されたそうである。そうして、改めて、少年少女に夢を与える、ブックボーイ本来のコンセプトに立ち戻った店を開くことにしたのである。

話をしている最中に、わらわらと人が店に入ってきた。みな、青いジャケットを着込んでいる。Pb270371 そして、一斉に棚に本を入れる作業に取り掛かった。
「あれは、日販の方たちなんです。日曜休みを返上して、うちの手伝いに来てくれているんです。ありがたいことです」
我々が到着した時は昼休みの時間だった。食事が終わって、一斉に戻ってきたところだったのだ。こちらも思わず絶句した。500坪1000坪の店ならよくあることかもしれない。しかし、わずか30坪の店では普通はありえないことだ。
それからこっそり佐藤さんに、
「今回の津波で流された本の代金を、版元や取次ぎが全額かぶることになったという話は本当ですか?」
と、訪ねてみた。
「ええ。最初は3分の1とかそういう話だったのですが、結局は全額持ってくださるということにPb270375_2 なりました。おかげでこうして店を出すことができます」

ああ、素晴らしいことだ。
みんなが、自分のできる範囲で被災地の人を助けようとしている。
その事実も素晴らしいが、それを笑顔で受け入れる佐藤さんの心根も素敵だ。
実際のところ、もう隠居してもおかしくない年頃で、商売がこれだけダメージを受けたことで、佐藤さん自身はどれほどショックだっただろう。店だけでない、自宅も全壊し、避難している孫たちとはいまでも別れて暮らしているのだ。それに、この街で生活しているのだから、友人や親類の何人かは確実に喪ってもいるだろう。
実際のところ、現地では震災のショックで何もする気になれず、義援金を使ってパチンコ三昧の日々を送っている人もいるという(だから、現地ではパチンコ屋が繁盛している)。これだけの被害だ。そんなふうに心が折れても仕方ない。というか、そちらの方がむしろ普通の反応だろうと思う。
それでも佐藤さんは、ほんとうに、とびっきりの笑顔で私たちを迎えてくれた。
こうして来てくれることが力になる、とおっしゃってくれた。
その事実に、我々の方が慰められるのだ。

後日、西日本の記者の方のところに佐藤さんから電話があったという。
オープン直後は大盛況で、みんな喜んでいたが、2ヶ月も経つと、結構、お客様も不満を口にするようになった。
曰く、八百屋と魚屋はあるのに、肉屋がないとか、子供服の店が欲しい、とか。
だけど佐藤さんは、
「わがまま言える場所があるって、素晴らしいね」
と笑っていたそうだ。
そんな人だから、応援しないではいられない。
幸多かれ、と祈らずにはいられない。

またいつか、この店に行けたらいいね。
西日本新聞の方とは、そんなふうに話している。

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No,123 さわや書店 上盛岡店

さて、西日本新聞の方に誘われ、大船渡に行くことになった。 Pb250308_2
それに合流する前日に、盛岡へと行く。
どうせ岩手に行くのであれば、大好きな盛岡に行って来ようと思ったのだ。盛岡には二回行って、すっかり気に入ったのに、まだちゃんと街を見ていない。雑誌「てくり」で見た光原社に行きたかったり、丸善仙台の鈴木さんに薦められたコッペパンを食べたかったり。そんなことを思って盛岡に泊まる事にしたけど、やっぱり行く直前に予定を変更、宮古にまた行くことにしたので、結局、街中はあまり見られませんでしたけれども。

で、ともあれ、さわや書店上盛岡店に行きました。その、店に行ったというより、本店から異動Pb250310_2 になった松本大介さんに会いに行ったのだった。今回は大船渡行きがメインなのでそれほどガツガツ営業するつもりはなく、会いたい人に会えればいいくらいのゆるい心構えだ。
さわや書店と言えば、以前にもブログに書いた駅前商店街の中にある本店、そして盛岡駅の駅ビルにあるフェザン店が有名だが、ここは駅からタクシーで10分ほど行った所にあり、市内ではあるが郊外店の位置づけになる。広さは三百坪弱。本店やフェザン店に比べると通路も広く、ゆったりとした雰囲気である。平台も楕円形をしていたりして、広々としている。 Pb250313_2 平日は年配の男性客、土日はファミリー層が多い。また、近くに本屋とは相性のいい総合病院があるため、その患者や見舞い客も多く訪れるそうだ。

そうしたことから、目につくのは郊外店に多い実用書や雑誌、アイドル本、歴史や時代小説の類だったりするが、男性向けのコミックやライトノベルの充実ぶりが目立つ。郊外店というよりコミック専門店に近い匂いがある。コミックをレーベルごとに仕分けし、一冊ごとに発売日を表示するというあたりPb250316_3 に、小さな工夫も見られる。以前、ここで働いていた男性スタッフのこだわりの表れだそうで、そうしたことも男性客が多い理由なのかもしれない。

文芸の棚をじっと見ていたら、松本さんに「ここは普通の棚ですよ」と謙遜されたが、中には手描きイラストつきの大きなポップがあったり、「団志が死んだ」コーナーがあったり、ちゃんとスタッフの工夫も見 られる。
ただ、誤解を恐れずに言えば、それがまだそれぞれのコーナーのスタッフのこだわりに留まっPb250319 ている感じがして、店全体の統一感になっていないのが、この店の課題というか、伸びしろの部分なのではないだろうか。いまでも、それなりに感じのいいお店ではあるが、もっとよくなる気がする。

私が訪れた時は、松本さんがここに異動して来てまだ2週間足らずの頃。ずっと本店勤務 だった松本さんは、
「まだ客層を見ている段階です。どんな感じか探りつつ、これから自分なりのやり方を出して行きたい」
と言う。そもそも「雑誌とコミックの店」であるこの店に、文芸に強い松本さんが呼ばれたのは、文庫・文芸を上げてほしい、という会社の思惑があったのではないだろうか。少なくとも、松本さん本人はそれが使命だと思って頑張ろうとしている。
異動してきたばかりでお忙しい松本さんとはあまり話をする時間がなかったが、Pb250317
「もうちょっと時間が経ってから、この店をまた見て下さい」
と、言われた。
よっしゃー!
半年後か1年後か、また必ず来るよ。盛岡観光しそこねてるし。
その時、松本イズムがどんな形で表れているか、楽しみにしているよ。
と、勝手に心の中で挑戦状を突きつけて、店を出た。

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No,119 宮脇書店ヨークタウン野田店

たぶん、この店がこのブログで最多出場店。今回も、いちおし会に行く前に、こちらをのぞいP7210241 て見ました。訪ねたのは夏の文庫フェアの真っ最中。それがいまさらの掲載で、ほんと申し訳ありません。熊坂店長、ごめんなさい。

いまさらのいまさらなんですけど、ここの夏フェアの飾りつけは、ちょっと他所ではみられない 素晴らしいもの。少なくとも、私が訪ねた110数軒の中ではベスト1です。
なので、何度でも紹介したいと思います。ほんと、いまさらですみまP7210238_2 せん。

今年は朝顔とか、グリーンカーテンな感じでコーナーを飾っています。新潮社はグリーンカーテン。デッキチェアで涼むyondaくんがいます。
角川はグリーンカーテン。角川の犬はなんて言うんでしょ、はっ犬?
集英社は朝顔ですね。集英社も、えっと、名前わからないマスコットキャラのミツバチがちゃP7210263 んといますね。
店の真ん中の目立つところに設置されてました。夏フェアで飾りつけする店は多いけど、ここはぬいぐるみとかをちゃんと手作りしちゃうからすごいよね。

年々、完成度が増して行く感じ(でも、新潮社の営業の人は見に来ていないそうです。なぜなんでしょう)。

夏の文庫フェアだけじゃない、昨年、集英社の飾りつけコンクールで最優秀賞を受賞した「ワP7210246 ンピース」も頑張っています。今年はヒロイン押し(すみません、「ワンピース」見てないんで、名前知らない)の飾りつけ。珊瑚で、こちらもラブリー。女性ファンも喜びそうです。

だけど、今年はそれよりすごいものを発見してしまいました。なんと、あの売れっ子漫画家よしながふみさんの自筆原画!
すごいよ。複製じゃないんだよ。東京だって、ちょっと見られない。
なぜ、これがここにあるのか。
「実は、うちの店の『大奥』の飾りつけの写真を白泉社の営業さんが(編集部通しで)よしながP7210252 さんに見せてくださったんです。それで、よしながさんがたいへん喜んでくださって、御礼にとこれを下さったんです」
ブラボー!! いいなあ、白泉社の人も、よしながさんも。
都心の大型書店じゃ、こういうことも珍しくないだろうけど、こうして地方で地道に盛り立てている書店は案外忘れられがち。だから、こんなふうに地方の店が大事にされているのを見ると、嬉しくなるよ。
もちろん、ここが被災にあった福島の店(しかも、コミック系では県内トップクラス)だから、という配慮が働いたからかもしれないが、それにしても、よしながさん、優しい。私はかつてはラノベ編集者で、漫画家やイラストレーターという人といろいろ付き合ってきたので知っているが、そういう人たちは自分の絵をとても大事にしている。簡単にはP7210247 手放さない。これだけのクオリティの絵を描いて贈るってことは並みの好意ではない。
もう、これはこの店の宝ですよ、ほんと。どうぞ、大事にしてくださいって、私が言うことじゃないか。

さて、この宮脇書店、震災の被害はどうだったのか。
「当日は揺れで、棚が30センチほど動きました。天井も床もひび割れができましたしね。本も7.8割落ちました」
壁に取り付けた長い長い本棚は左右に揺れたため、奥の方の壁を突き破った。併設していP7210264 るドトールの方も、買ったばかりの機械が落ちて壊れるなど、少なからぬ被害を受けている。
しかし、それでも震災の4日後、15日には店を開けた。その前日の14日に入荷があり、次の入荷がいつになるかわからない、という情報が入っていたためである。
当初は停電があったので、10時から4時までの短縮営業だった。
だが、こういう時こそ、本の仕事をしていることを誇りにしたいし、本を届けることで福島を元気にしていきたいと考えたのだ。
それで、店の方はだんだん通常の営業に戻っていたけれど、やっぱり原発の問題が堪える。

福島市自体は、私が訪ねた7月には、もうすっかり平常に戻っていた。人々は普通に買い物P7210260 や生活をしているし、暗い顔をしているわけではない。
だけど、たとえばこの店の人気ベスト10のコーナーを見ると、震災後、ツイッターで福島のことを訴え続けた和合亮一さんの詩集がトップにきているし、新書のベスト10などは6位と7位を除いては、全部原発関係の本。
もちろん目立つところに、原発関連の書籍で大きなコーナーができている。
常に原発と隣り合わせの日常を淡々と送るしかないのだ。

熊坂店長は、東京から来た親しい営業マンに「放射線濃度の高いフクシマにようこそ」とブラック・ジョークを言うそうだ(某営業マンから聞いた)。
原発の問題をなかったことにはできない、だけど深刻に受け止めるのも嫌だ。だからもう、こP7210266_2 れは自らジョークにしてしまえ。
当事者だったら、自分もそうしたかもしれない。

なぜ、福島だったのか。
たぶん、現地の人たちは何万回も心の中で問うているに違いない。
それに対する答えなどないのだ、とわかっていても。
あの日を境に全てが変わってしまった。
それはどこよりも福島の人たちが強く感じていることだろう。

安全な東京にいて、被災の影響を受けなかった私には何も言えない。
ほんとうに、言葉もない。

だけど、また誘われればいちおし会に行く。
福島に遊びに行く。
前と変わらず福島の人たちと付き合っていく。

それだけがはっきりとわかっていることだ。

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No,118 みどり書房イオンタウン店(福島県郡山市)

さて、7月は21日に福島へと出掛けた。友人宅の震災見舞いと、前にも書いたいちおし会へ参加するためだ。
だが、福島に行くからには書店にも行きたい。時間はないが、行ける範囲で行こうと思って訪れたのが、ここみどり書房イオンタウン店。こちらに、以前お会いした浅田三彦さんがいらっしゃるからだ。
地図を見ると、郡山駅から徒歩で6,7分で行けるはずと思ったが、方向を間違えて15分ほどうろうろしてやっと見つけたイオンタウン。東京近郊に在るイオンのイメージから、3階建てくらいの大型ビルのショッピングモールを予想していたら、これが広い駐車場を取り巻くような形で平屋の店が並んでいる(一部2階建て部分もある)オープンモールのショッピングセンター。そう、ハワイの郊外で見掛けるようなタイプだ。
しかも、みどり書房のある場所を間違えて、敷地の中を行ったり来たり。辿り着くのにえらい手間が掛かった(帰りは正しい道を教えてもらったので、ほんとに5分で駅に着いた)。
「ここが出来たのは11年前。イオンショッピングセンターでも初期のものなので、この形ですP7210220_2 が、今はクローズドタイプが主流になっていますね」
と、迎えてくださった浅田さんに伺う。そうだったんですね。あけっぴろげなアメリカンな形はやっぱ日本人には好まれないんですね。
「でも、このタイプだったから、震災の時も被害が少なかったんです」
なるほど、今回の震災では、郊外のショッピングモールにある店はどこも再開が遅れた。ビル自体の損傷のためや、その店だけでなく、ほかの店の復興と足並みを揃えなければならない、という事情があったからだ。しかし、ここの場合はオープンモールであるから、自分の店の都合だけで開店することができる。
とは言うものの、郡山市全体が断水、停電、ガスも止まっており、この店も天井が落ちて50P7210230_2 センチほど隙間が空いていた状態だったため、再開まで3週間を要した。しかし、敷地内のスーパーが震災後2日目から外で売り始めたため、お客は集まっていた。
「どこがガソリン不足なの、っていうくらい駐車場もいっぱいでした」
こちらのお店も、再開と同時にすごい人手だった。
「出版輸送が止まっている間、とにかくめちゃめちゃ売れた」
という。前年比180%増だとか。あらゆる種類の本が売れたが、とくに週刊誌がすごい売れ行きで、入荷されて半日持たずに完売したという。
今はもう震災関係は落ち着いたが、やはり福島、原発関係が変わらず売れ続けている。ここ郡山は、原発から避難してきた人も多いので、とくにそうなのかもしれない。
ところで、みどり書房と言えば、桑野店のことが気になっていた。こちら、震災が酷かった店と して噂に伝え聞いていたから。ほんとはそちらにも行きたかったが、以前お会いした山本雄P7210226_2 治さんが多忙のためお会いできそうになかったので、あきらめたのだ。
「あちらは確かに酷かったですよ。天井の石膏ボードが落ちたうえに、スプリンクラーも起動してしまいましたから」
しかし、6月8日にはなんとか店を再開させたそうだ。文芸関係にも力を入れているとてもいいお店なので、再開されて本当によかった、と思う。

さて、ここイオンタウン店、ワンフロアで333坪ほどの手ごろな広さのお店。浅田さんに言わP7210227 せると、
「駅近のショッピングセンターにある店なので、普通の店ですよ」
と謙遜されるが、いまどき珍しいことに、コミック雑誌売り場が入ってすぐのところにある。ワンピースの平台がレジの横に大きく取ってあり、レジ前に「ワンピース」のお菓子コーナーがある。本以外のものを置く店は増えているが、レジ前でお菓子コーナーを作っているのは初めて見た。親子連れが多いショッピングモール店ならでは、だろP7210229_2 う。
ほかにも、時代小説に大きなコーナーが取ってあったりもするので、お年寄りも多い。つまりは幅広い年齢層が訪れる店ということなのだろう。確かに桑野店や噂に聞く白河店ほど文芸関係に凝った品揃えの店ではないかもしれないが、ポップで多くの人に愛されるお店なのだろうと思う。
さて、ここにも「ハルヒ」の谷川流さんの跡を見た。ポスターに直筆のサインを残している。丸善仙台アエル店のところにも書いたが、谷川さん、ほんとにマメに被P7210235 災地の書店をまわっているなあ、と感心する。浅田さんが谷川さんにお会いした時、私の話を振ったら反応されたそうなので、私が作家デビューしたことも知っておられたらしい。まあ、話のタネにしていただけたのなら、光栄です。

ともあれ、久しぶりに浅田さんの元気なお姿も拝見し、ほどよく混雑した店内を見て、なんとなくほっとする気持ちで福島一軒目の訪問を終えた。

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No,117 紀伊國屋書店仙台店 再び

さて、仙台最後のお店がここ紀伊國屋仙台店。震災での被害がひどかった店として噂に伝P5040211 え聞いていた。その後の状況が気になっていた店のひとつである。

しかし、訪問した6月26日には、紀伊國屋書店の入っているモールというショッピングビルも通常営業しており、お客様も普通に出入りしていた。震災の跡形もない。ほっとして、紀伊國屋のある三階に行き、以前にもお会いしている山口晋作さんを呼び出してもらう。山口さんは私の顔を見るといきなり、
「大沢軍団にお会いになったそうですね。たいへんでしたね」
と言われて、ちょっとびびった。ツイッターには書いたけど、ほとんど反響がなかったので、みP5040199 んなにスルーされたと思ってたんだよ。その事実、忘れていたんですけどね。
で、大沢さんは、もちろんこの店も訪問済み。当然と言えば、当然か。谷川流さんも、やはり訪れたそうです(右は、控え室にあった谷川さんのサイン)。

で、まず震災の時の状況を伺った。
もともとこの地区は地盤が緩かったところに地下鉄を通したため、震災の被害も大きかったのだそうだ。震災当日、山口さんは非番だったが、あまりにも大きな揺れだったので、その日のうちにお店の方に駆けつけたところ、ビルには入れず、スタッフは駐車場に集まっていて、なかには泣いている人もいた。本棚が倒れたため、床に散乱。3日後には、棚から崩れた本の山に、水道管から漏れた水が染み、一千冊ダメになったという。
その後はビルの安全管理などの問題で、立ち入ることができなくなった。それで、しばらく自宅待機になるのだが、当初はキャッシュディスペンサーも止まっており、電子マネーも使えないため、現金が無くて困ったという。それから、店が開いていないので、食料品を手に入れるのもたいへんだった。
「僕の場合はツイッターとかで情報を得ることができましたが、お年寄りなど、情報を得る手P5040205 段を持たない方はたいへんでした」
それから、ガスがなかなか復旧しなかったため風呂に入ることができなかった。電気ケトルでお湯を沸かして身体を洗ったりしたそうだが、右顎のところにアレルギーが出来、それがなかなか治らずに困ったのだそうだ。
「でもまあ、店の方に物資とか届きましたし、そんなにたいへんではなかったですよ」
山口さんの場合は、単身でこの地に赴任してきたという身軽さもあり、親類が被災地にいないこともあって深刻にならずにすんだ。それに、やはり紀伊國屋という大きな組織にいることの安心感もあったと思う。これで店が潰れるかもしれないというような心配とは無縁だっただろうし、ほかの支店からの援助も期待できた。奥の控え室には、全国の紀伊國屋書店から送られてきたP5040198 この店への応援メッセージが書かれた色紙があった。壮観だった。これだけの仲間がいればなんとかなる、そう思わせるような光景だ。
「当初は再開の目処が立たず、撤退するんじゃないか、あるいは再開しても7月とか8月になるんじゃないか、と言われていました。そうなった時、今まで働いてくれていたアルバイトの方たちが残ってくれるのか、あるいは、新しい人を雇って一からやり直さなきゃいけないんじゃないかということが心配でした。結果的には、辞める人がいなかったので助かりましたが」
この店は、結局、震災後1ヶ月以上休業を強いられる。再オープンしたのは4月28日、ゴールデンウィークに何とか間に合わせた形だ。オープン直後はすごいお客で、再開が待たれていたことを実感する。その後、売り上げはずっと30%増しの状況が続いている。

ところで、山口さんは震災後、「何を売るか」ということについて、以前より考えるようになったという。P5040208
たとえば小説とか学習参考書にも良し悪しはある。だが、それらは悪くても実害はあまりない。しかし、放射能関係はそうではない。今すぐ命に関わるということはなくても、将来的にどうなのか。間違ったことが書かれているものを置いてもいいのだろうか。
一方で、やみくもに不安を煽るような雑誌を置くことも抵抗がある。小さい子供などに、いたずらに恐怖心を与えかねない。
「だから、置く本を選ぶべきかと思うのですよ。だけど、それを選べる高い見識を持った人ばかりではないですしね」P5040210
なるほどな、と思った。商売としては、売れればいいと考えるべきかもしれない。お客さんが欲しがるものを売る。それが書店の役割だ、という考え方もあるだろう。だが、これだけたくさんの本が売られている昨今、置くべきでない本は置かない、という選択もある。もちろん、小さなお店ですでにやっているところはあるが、紀伊國屋書店ほどの店がそれをやるというのは、書店としての見識を打ち出すことになるかもしれない。
そんなことを考えさせられた。

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No,116 丸善 仙台アエル店 再び

突然ですが、8月15日に発売される「Jnovel」(実業之日本社)に、今回の東北行のレポートを書かせていただきました。盛岡宮古仙台東松島と、このあと福島に行った時のことも書かせていただきました。よければ、チェックしてみてください。
で、その原稿とか、本業の小説の原稿でばたばたしていて、こちらの更新、滞っておりました。一度に2種類の原稿が書けない単細胞です。すみません。

で、仙台の一番店の丸善仙台アエル店。P5040187
こちらの鈴木典子さんも、某営業マンのご紹介。
「仙台に行ったら、鈴木さんに会わなきゃ。絶対、碧野さんとも話があいますよ!」
というわけで、鈴木さんにアポを取って出かけた。右の写真が鈴木さんだが、手に持っている文庫は江國香織さんの「落下する夕方」(角川文庫)。その帯のキャッチは、鈴木さん自身が考えたものだそうだ。さすが、カリスマ書店員!

さて、伺ったのは、ちょうど大沢在昌さんがこちらを訪問された直後。P5040184
大沢さん、それぞれの店に色紙を書かれているんですが、店ごとに言葉を変えているらしい。「頑張れ、とは言えないよな」とつぶやきながら、書かれた色紙が右の写真。
「しぶとく生きる」
さすがです。
でも、東北応援のために書店を訪れる作家は大沢さんだけではなかった。その前日には、村山由佳さんも見えた。さらには、ライトノベルの大ヒット作「涼宮ハルヒ」シリーズの原作者谷川流さんも挨拶に来たという。
谷川さんはここ数年スランプで新作を発表していなかったが、この5月に久々に新刊が発売P5040195 された。その営業のため、というのが東北を訪れた表向きの理由。だが、それだけではない。兵庫出身の彼は阪神淡路大震災で被災した経験があり、自分なりに役立ちたい、ということで今回の書店訪問を自ら企画したそうだ。
後に参加した福島のいちおし会で、私はその営業に立ち会った角川の営業マンと偶然会って話しを聞いたのだが、彼の東北営業は仙台、福島、盛岡で2泊づつ、計6泊にも及ぶものだったそうだ。そうやって直接お店を訪問することでお店の人に喜んでもらう。それだけでも、たいしたものだと思うが、さらにすごいのは、角川を動かしてより多くのファンに東北に足を運ばせる仕掛けを打ったことだ。文庫に東北限定のハルヒのしおりを付けること、さらには8月6日から3日間開催される仙台の七夕の期間中、サンモール一番商店街(金港堂のある商店街)にハルヒの吹流しを飾り、さらには仙台限定オリジナル団扇を書店で配るという。

http://www.haruhikyougaku.jp/

もちろん角川の営業部宣伝部の全面的な協力がなければできないことだし、ハルヒの宣伝を兼ねているのも間違いないが、こうした活動によって多くのファンが仙台を訪れるだろう。被災経験のある彼は、多くの人が訪れることが震災地にとっては何よりの支援であることを知っているのだ。
長いスランプの後で、谷川さん自身は相当ナーバスな状態にあり、営業周りは大きな負担だったようだが、それでも6泊8日掛けて東北を周りきった。人気作家という自らの立場を、支援のための手段として使った。素晴らしいと思う。
実は、谷川さんとは私も面識がある。かつて私はライトノベルの編集部にいたので、彼がデビューの時にちょっと関わっているのだ。いっしょに書店周りをしたこともある。あれから7,8年経って、こんなふうな局面で谷川さんの名前を聞くことになるとは思わなかった。ほんとに嬉しいことだった。

で、のっけから谷川さんの話で鈴木さんとは盛り上がったのだが、さて、丸善の被災状況。P5040181
「私はその日、オフだったので店にいなかったのですが、あとでほかのスタッフに聞いた話によれば、地震の日は店がワイングラスの中のワインのように揺れたそうです。その揺れでシャッフルされるように本が床に落ち、その上をたくさんの人が逃げたので、床はぐちゃぐちゃ」
建物自体は新しく、免震構造だったため(だから揺れも酷かったのだと思われる)、震災後、仙台でも最も早く店をオープンさせた。その後は行列ができるほど、ものすごい混雑になった。電気がストップし、テレビもゲームもできず、携帯も繋がらない状況だったので、家族で来て、本を買いだめされるのか、レジに何冊もまとめて持ってこられるお客様が多かったそうだ。
「震災バブルですね」
と、笑う鈴木さん自身は、実は1ヶ月ほど出社できなかった。通勤に使っていた電車がストップしたため、来られない状況だったのだ。
「こうなってみて、電気に依存していた生活がいかにもろいのかを痛感しました。携帯電話にもこれほど依存していたのか、と。情報にも飢え、仕事もできない状況で、ぽっかり空いた時間を有効に使おうとしたら、本を読むのは最強の暇つぶしですね。私も、積読状態だった本を、すべて読破しました」
本が読めたことは、数少ない震災でよかったこと。
鈴木さん自身もこの震災の後、津波のひどかった地域に物資を届けに行った。そこの光景は、
「まるで『北斗の拳』に出てくる199×年の世界だった」
閉まっている店に車で突っ込んで商品を奪う、開いてるコンビニは強盗に入られる、自販機はバールでこじ開けられる。そういう光景を目の当たりにした。津波直後、支援の行き渡らない時期には、生きるために、あるいは自暴自棄になってそうした行動に出た人もいたのだろP5040186 う。だが、実際にそれを目にするのは衝撃だった。
「この震災で価値観がすごく変わりました。人それぞれなんだなあ、と」
震災の後の政治的混乱や、そのための支援や瓦礫の撤去の遅れなど、腹立たしいことも多い。ことに、それぞれの市町村の政治力の差が復興にも影響してくること、津波がひどくても死傷者が少ない地域では、自衛隊やボランティアの派遣も立ち遅れていることなど、現地にいるだけにわかること、腹が立つことも多い。
支援物資に関しても、被災地の要望と送られるもののズレがあることもしばしばだ。
「たとえば、殺虫剤が足りないこととかはあまり知られていません(註:私が訪問した時点の話)。被災地ではハエとか蚊とか虫がびっくりするほどいるんですよ」
自分自身がもらって一番嬉しかったものは、スーパーに勤めている友人がカートンで送ってくれた煙草だった。震災後、気持ちが煮詰まっていた時、煙草を吸うことで気持ちを紛らわせらP5040189 れた。話を聞けばなるほど、と思うが、支援物資に煙草を入れようという話は聞いたことがない。必要な人には切実に必要なものだが、嗜好品だし、吸わない人にはなかなか思いつけない品物だ。そういうものが、たぶんほかにもあるんじゃないだろうか。
そして、鈴木さん自身がもし「本の支援」をするとしたら、
「被災して本屋が無くなった町に御用聞きに行きたい。被災者も、お金がないわけじゃない。だけど、なかなか買いに行けない状態だったりするから、本屋としてそういう場所に欲しい本を届けたい」
やはり、地元ならではの発想だ。我々、他地域の人間が頭で考えたことよりはるかに状況に則しているし、現実的だ。
それは鈴木さんだけではない。お客様の中には、
「避難所に送りたいから、人気のある本を○万円分揃えてちょうだい」
「被災した子供たちに贈る本はどれがいいだろうか」
「辞書を贈りたいから、ありったけください」
と言ってこられる方がいる(辞書ありったけ、というご注文はとてもありがたいが、ほかにも辞書を探してわざわざここに来られるお客様もいらっしゃるので、どうしたらいいか困ってしまったそうだ)。
古い本よりも新しいベストセラー。ネット書店よりも地元の本屋。
私などがわざわざ東松島まで出向いて知ったことを、地元の人はちゃんと心得ている。P5040183
やっぱり、地元だな、と思うと同時に、そうしたことを、本当は被災しなかった地域の人間がやるべきなのではないか、とも思う。

いろいろ重い話もあったが、鈴木さんが熱く語るので、ついつい話に引き込まれる。あっという間に2時間以上経っていた。名残惜しかったが、再開を約束して別れた。
鈴木さん、ぜひ盛岡に行きましょうね。

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No,114 横田やと「こどもとあゆむネットワーク」

この日は仙台の本イベント「Book !Book!仙台」の一箱古本市が開催されていた。アーケードP5030151_3 のあるサンモール一番町商店街で、それぞれ工夫を凝らした店がいくつも並ぶ。それを眺めたり、神社の一角を借りてイラストやおみくじの売り子をしているジュンク堂仙台ロフト店の佐藤ジュンコさんに会ったり、イベントの主催者である「火星の庭」という古本屋でお茶をしたり。それはそれで楽しい時間だったが、早々に切り上げ、タクシーで横田屋という児童書専門店に出掛けた。横田やの店主で、ボランティアグループ「こどもとあゆむネットワーク」の代表をされている横田重俊さんに会うためだ。
実は前日、東松島図書館の重い現実を知り、本を巡るボランティアというものをもっと知りたくなり、帰る道中で横田さんに急遽、アポを取ったのだった。「こどもとあゆむネットワーク」は、先の東松島図書館にもかなり早い時期(4月17日)に9千冊もの本を寄贈している。ほかにも、保育園や学校に、本やおもちゃ、備品などを届ける運動をしている。

同行するのは佐藤店長、それからこの日東京から来たばかりの空犬さん(吉祥寺の書店関 係者の集まりである吉っ読むの仕掛け人)のふたり。佐藤店長は前にも書いたが、広島で本を送る運動を進めており、空犬さんも吉っ読むの集まりで募金を集めたりしている。私自身も、横浜会という大崎梢さんを中心とした横浜近辺の出版関係者の集いで集めた募金を預かっていた。空犬さんも私も、募金先は佐藤ジュンコさんや横田やさんなど、書店関係者が関わっている「こどもとあゆむネットワーク」がいいのでは、と考えていた。だからこそ、話を伺うのはここがいい、と思ったのである(なお、「Book !Book!仙台」や火星の庭については、空犬さんの空犬通信に詳細なレポートがありますので、そちらを読んでください。http://sorainutsushin.blog60.fc2.com/blog-entry-1629.html
横田やについても、碧野とはまた違った側面からレポートしてくださっているので、そちらもぜひチェックしてくださいね
http://sorainutsushin.blog60.fc2.com/blog-entry-1636.html)。

さて、横田や。こどもの本とおもちゃを売っているお店だが、店構えがとても素敵。年季の P5030155_2 入った木造の古民家風の建物で、「横田や」という木の看板が掲げられている。縁台もあるし、外観見ただけで、三人ともテンションあがりまくり。写真をばちばち撮りました。
店の中も、外観同様わくわくします。右半分は子どもの本、左半分がおもちゃ。おもちゃといっても、いまどきのキャラクター物とかじゃないんだよね。木で出来た、しっかりした造りの、昔ながらのおもちゃ。流行に左右されないので、10年も20年ももちそうなものばかりだ。実際に遊べるコーナーもあって、小さい子がひとりで遊んでいたり。部屋のあちこちに、絵やぬいぐるみが飾られていて、それを見ているだけでも楽しめる。
ここはもともとは140年続いた味噌と醤油のお店だったそうで、横田さんの代で文具と絵本の店に転業した、それが30年以上前。その3,4年後にはおもちゃを始め、だんだん文具が減り、今の形に落ち着いたという。取材がなければ店をずっと見ていたいと思ったが、そうもいかないので、店内の読書用のテーブルでお話を伺った。

横田さんは震災後、10日目くらいに石巻に渡り、現地の保育所を見た。そして、避難所以外P5030159_2 にも本を必要としているところがあることに気がついた。学校、保育所、さまざまな公共施設。
津波の被害はもちろんだが、津波に流されなかった場所でも、たとえば図書室の隣でボヤが起こり、そのために1万冊の本が煙で燻されてダメになったとか。
それで「こどもとあゆむネットワーク」を立ち上げた。子どものために「絵本」「おもちゃ」「文房具」「遊び」を届ける、というのが最初の目的だった。
「いままでこういう仕事をしてきたので、いろいろ繋がりがあり、いろんな情報が入ってくるんです」
送った本は約4万冊。そして、本を届けながら、御用聞きをしていった。すると、本やおもちゃだけでなく、現地で必要とされている物がいろいろわかってくる。パソコンとか、電子ピアノとか、プリンターとか。学校の授業や保育所の活動を支えるさまざまな備品も足りないのだ。
それを集めたり、寄付金を使って購入したり。
「被災地の状況は刻々と変わっているんです。今必要なのは絵本よりも、辞書や調べ学習のための本、授業で使うための本なんです」
寄贈も受け付けるが、寄付金を使って購入する時は、地元で買うようにしている。それが地元への貢献になるからだ。
実に細かい、草の根的な活動だ。こういうやり方であれば、確かに必要としている人に必要 なものが届くだろう。だけど、それをやる横田さんやボランティアスタッフの手間もたいへんなものにちがいない。
「30年も、こういう商売で食わせてもらいましたから、少しは恩返しをしたいと思うんですよ。それに、本とかそういうものは、今のお役所の予算からはなかなか周らないものですからね」

そして今、力を入れているのは、本棚を贈る運動。せっかく本を届けても、届けた先には本棚P5030163 がない。段ボールに入れたままの状態で廊下や部屋の隅に置かれ、そこから取り出して読む、という形になっている。あるいは置き場がないので段ボールから取り出せず、そのまま放置されている。
それで、地元の会社とタイアップし、木製並みの強度がありながら、使用後はリサイクルとして活用できる段ボールの本棚を開発した。それを一般の人に買ってもらい、必要なところに届ける「本棚プロジェクト」を進めている。

http://www.ayumunet.jp/?page_id=304

さらに、物の支援だけでない。今は保育士を支える活動を考えている。
「震災時から公立の保育所はそのまま避難所になった。そこで働く保育士たちは(自分も被P5030156_2 災者なのに)そのままそこで働いている。彼らの疲労はたいへんなものだ。その人たちを誰かがケアしていかないと」
そう語る横田さんは、しかし、決して悲壮ではない。むしろ活動自体を楽しんでいるようにさえ見える。
「だけど、こうした活動をすることで、(本屋である)自分の首を絞めているんですけどね」
深刻なことをさらりと言って、笑い飛ばす。
このおおらかさが、人を集め、こうした活動を実り在るものにしているのだろう。
「僕らはこの活動を3年と決めているんです。3年経っても、まだ僕らの支援が必要だというのなら、それは社会が悪い。そして3年後、僕らは日本一の図書館を造りたい。建物は公共で、中の本はお金を集めて地元の本屋から購入する。それが実現するまで頑張りますよ」

その明るさに救われた気がした。被災地に入ってからは自分たちの無力を痛感することばかりだったが、横田さんの話を聞いていると、まだまだやれることがあるかもしれない、そんな思いが沸いてくる。横田さん曰く、
「今回の震災では、被災地以外の人も傷ついている。だから、その気持ちも受け止めなければと思う」
だから、「役に立ちたい」とやってくる被災地以外の人たちを拒むことなく、本の仕分けなどの仕事を与える。そうすることで、彼らの気持ちが慰められることを知っているからだ。もしかしたら、我々のために時間を取ってくれたのも、同じ想いからだったからかもしれない。
実は横田さん自身も被災し、家屋の破損こそなかったものの、停電や断水などの被害を被った。もちろん商売的な打撃も受けている。にもかかわらず、この思いやり。優しさ。そしておおらかさ。
人はこんなにも優しくなれるんだな。
その事実に感動し、こういう人と出会えた縁に感謝しつつ、店を辞した。
これだけでも、仙台に来た甲斐がある、と思いながら。

後日、横浜会で集めた募金47,086円を全額こちらに振り込みました。本棚と本購入資金に使ってくださいというコメントを添えたので、そちらに利用してくださることと思います。
ご協力くださった横浜会のみなさんに、あらためてお礼申し上げます。

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NO.113 あゆみBOOKS 仙台店

さて、ここも某営業マン(リラ・パークこなりの推薦者とは別の方)が強力にお薦めしてくださっP5030143_2 た店。実は紹介されるまでもなく、昨年仙台を訪れた時、ここを訪問している。あゆみBOOKSは昔住んでいた家の近くにもあり、センスのいい店という印象がある。ここ仙台店も、外観からしてお洒落な感じだ。ここもブログにぜひ上げたかったのだが、その時は店長さんがいらっしゃらなかったのでNGだったのである。
だが、今回は某営業マンの口利きもあり、店長の二階堂健二さんにお話を伺うことができた。

実は二階堂さん、つい半年前まで五反田店の店長をされていた。赴任したばかりでまだ地域性がわからず、手探りでいろいろ仕掛けているところに、あの震災。
「震災があったのは、銀行に行っていたのですが、急にカタカタという音がして、ビル全体がP5030147_2 重機に振られているような、尋常じゃない揺れがありました。僕はビルの入り口のところに居て、自動ドアが閉まらないように手で押さえていました。揺れが収まると人がいたるところに出ていて、車も止まって、道が通れない状態になっていました」
それでもなんとかお店に辿り着くと、棚は一本も倒れてはいなかったが、本は半分以上が床に落ちていた。電気も止まっているし、その日はそのままシャッターを閉めた。二階堂さん自身も、その晩は避難所で一夜を明かし、翌日帰宅したという。
しかし、3日後には店の方は電気が通ったので片付けをはじめ、15日には営業を再開した(系列の仙台青葉店も同時期に営業再開。だが、昨年12月にオープンしたばかりの仙台一番町店は、今に至るも営業再開していない)。
「ですが、オープンして最初の2,3日はお客様は全然いらっしゃいませんでした」
たまに地図を探しにくるお客さんがいるくらい。オフィス街の傍にあるこのお店、オフィスが閉P5030146_2 まっているとお客さんもいない。それに近くの店は全部閉まっていたし、電話や電気も通じてない地域も多かったから、ここが開いていること自体、伝わっていなかったらしい。
その状況が変わったのは、傍にあるダイエー仙台が営業再開し、品物が潤沢にあることが伝わって、長い長い行列が出来るようになってから。
被災しなかった我々には想像がつかないが、震災直後は停電や在庫がないなどの原因で、仙台のほとんどの店が営業できなかった。だから、人々は食料を求めてあちこち探し回っていたのである。
「その先の公園のところまでずっと行列ができていたんです」
そのお客さんが、この店にも流れてきた。近隣で開いている店はここだけだったので、目立ったということもあるし、日常の買い物ができることにお客さんがほっとしたということもあったのではないだろうか。
そして、そこからはすごい混雑になった。
「一番、聞かれたのは『少年ジャンプ』、それに『コロコロコミック』といった子供のコミックです。P5030145_2 女の子ものでは『チャオ』とか」
すぐに在庫が足りなくなるが、休んでいる一番町の在庫を持ってきたり、出版社から直送してもらったり、宅急便が復旧してからはそれで送ってもらったりして対応したという。
その後は、震災関係の本が動いた。500円ぐらいのグラフ誌それに地元の河北新報社の写真集がやはり売れた。ほかにも、コミック、文庫、あらゆる娯楽系の本が売れた。ことに時代小説は、毎日補充が必要なほどだったという。

郊外の書店は停電などが続き、なかなかオープンできなかったので、この店の混雑状態は震災後2ヶ月ほどは続いた。最近になって、ようやく店も落ち着きを取り戻してきたという。私が訪れた日も、店はほどよく混雑し、平台や棚にも、工夫を凝らした展示がなされている。1年ほど前に訪れた時と、あまり変わりがないように思える。
「だけど、車で10分も行けば、津波で何もなくなったところに出ますから。この辺を歩いている人でも、近親者を亡くした方はたくさんいますし、レストランや喫茶店でも、そんな会話が聞こえてきたりします」
おそらく、スタッフにもそういう方がいるのだろう。よそから来た二階堂さんにはそうした被害はなく、だからうかつに震災のことを語ることはできないと感じているようだった。私に話しをするのも辺りに気を遣い、小声で話されていた。

一見、平穏に見える仙台。実はその前日、佐藤店長と駅近辺で食事できる店を探した。閉P5030148_2 まっている店はほとんどなく、いいなと思う店は混雑して入れなかった。お客さんは賑やかに酒を楽しみ、仲間と談笑しているようだった。この日行われていた一箱古本市も活況だったし、アーケードのある商店街ではコーラスグループが歌を歌っていたりして賑やかだった。
すっかり元通りなんだな、と思ったのは他所者の錯覚で、目を凝らせばあちこちの建物にひび割れや落下の後が残っているし、何よりまだ人々の心には震災の記憶が生々しく残っているのだ。
だけど、だからこそ「仙台はもはや被災地ではない」と言いたくなるのだろう。ともすれば、被災の生々しい痛みに気持ちが引き裂かれそうになる。だけど、そこに耽溺していても何も始まらない。だからこそ、意地を張っても、大丈夫だと他人にも自分にも言い聞かせる。
「仙台人の誇りに賭けて、もはや被災地とは言わせない」
ジュンク堂仙台ロフト店の山口さんの言葉を、私はもう一度思い出していた。

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No.112 金港堂本店 再び

そして翌日。
この日はBOOK BOOK仙台の一箱古本市を見ることにしていたが、その前に、商店街の金P5030135 港堂に行くことにする。アポをとらずに行ったのだが、レジには以前、お会いした佐藤清一さんがいらした。挨拶するとすぐに思い出してくださって、お話を伺うことができた。

震災当日、佐藤さんも店にいらしたそうだが、揺れで入り口のガラスが割れ、落ちてきた。古い店だが、壁や棚が崩れることはなかった。持ちビルなので、最初から本屋が入る前提で設計されている。造りが頑丈なのである。
「だけど、本は散乱しましたね。ちょうど教科書販売の準備の真っ最中でしたから・、2階にあった教科書のセット組は全部崩れました」
震災の当日と翌日は停電のため店に入れなかった。3日目には電気が通り、後片付けに掛P5030136 かった。そして15日火曜日には再び店を開けることができたという。
だが、支店の方はなかなか開けることができず、大川原店は4月4日、石巻店は4月27日、泉パークタウン店は4月29日になってようやく営業を再開した。ことに石巻店の方は津波で床下浸水し、教科書も全部ダメになったという。
営業再開できた本店にしても、4月4日まで物流がストップしたため、新刊が入らなかった。しかし、ほかの多くの書店が休んでいたのでお客様は多く、ストックを出してきて並べて売った。春休みということもあって子供の客が多く、売れたのはコミックや児童書。通常は2階に置いてあるものを1階に持ってきて売ったそうだ。
「それから、震災関係の本も売れましたね。同じ本を50冊まとめて買って親戚に配るとか、企P5030137 業でまとめて購入するというケースもありました。地図については、在庫が少ないし、注文しても物流が止まっているのでなかなか入らない。それで、昭文社の方に直接頼んでもらいました」
震災から3ヶ月経った今、相変わらず震災関係の本は売れているものの、店はいつもの調子を取り戻しつつある。その様子に安心し、店を辞そうとした時に事件は起こった。
店の奥からざわめきが聞こえ、男性4,5人の集団が。
なんと、超人気作家の大沢在昌さんだ。しかも、その隣にいるのは、光文社の私の担当編集者!
ぎょっとして、逃げるように店を出た。
いや、悪いことはしていないし、今現在、光文社の締め切りは抱えていないんですけど。P5030139

あとでわかったのは、大沢さんは東北3県の書店周りをされている真っ最中だったのだ。仙台でも老舗のこの店も当然、ルートに入っていた。
しかしねえ、東京(の街中)でも会わない人に、なんで仙台で会う?
わかっちゃいたけど、引きが強いわ>自分。

その後、行く先々で大沢さんの痕跡を見つけることになる。まるで大沢さんのストーカーをしているような気持ちになるのであった。

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