中部地方の書店

No.142 水野書店(名古屋市南区)

ここは、名古屋の七五書店から歩いて10分掛からないくらいの場所にある。名古屋なのでもちろん駐車場はあるが、地下鉄の駅からも名鉄の駅からも遠い。文具や近隣の中学の制服も扱ってる。チェーン店ではなく、いわゆる町の本屋である。

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にも関わらず、ちゃんとしている、というのが第一印象。雑誌や文庫も新しいものが揃ってるし、直木賞受賞の「渦」のような売れ筋も、受賞直後からちゃんと平積みされていた。児童書も参考書もある。都会の大型店ばかり見ていると当たり前のように思えるかもしれないが、出版不況の昨今、町の本屋でそういう店は珍しい。駅から遠いような店ならなおさらだ。近くの七五書店でも、単行本や文庫は全て熊谷店長が注文しなければ入荷されないし、注文しても、旬の本はなかなか入ってこない。にも関わらず、50坪ほどのこの店は清潔で、売れ筋の商品が過不足なく並んでいる。堂場瞬一さんとか松井玲奈さんなどのサイン色紙もある。想像していたより、ずっと元気な店のようだ。

ここが開店したのは1979年、今から40年ほど前のことだ。創業者の水野雄一さんは元々名古屋の老舗デパートの外商部に勤めていたが、29歳の時そこが大手と合併することになり、これまでのような仕事はできない、ということで退社。それ以前から本が好きだったことと、外商部でのお得意さんの1人に書店の方がいたことから、そこで半年ほど修行させてもらい、自分の土地に本屋を建てた。

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時代は出版業界が右肩上がりに成長していた頃。当時は目の前の道路の交通量が多かったことも幸いして、すぐに店は軌道に乗った。子供が学校から帰る3〜4時、社会人が仕事終わりの7時以降と、売れ行きのピークが日に2回あったという。

「本屋になったら本がたくさん読めるかと思ったら、忙しくて逆に読む時間が減ってしまいましたね」

順調な売れ行きをテコに、同じ書店仲間は店舗を増やし、その後それがバブル崩壊とともに首を絞める。撤退を余儀なくされたり、大手チェーンとの合併をすることになったりしている。

「僕は臆病だったんですね。そんなに手を広げなくても、そこそこ売り上げが立っていればいい、と思っていましたから」

水野さんはそう謙遜するのが、店をむやみに広げなかったのは、この商売を始めた理由も関係している。

「僕は本屋のオヤジになりたかったんです。書店でもブックストアでもなく、本屋」

つまり気取らず、いつでもふらりと立ち寄れる店、そこで、いろいろ話をして和むことができる場所、そういうものを水野さんは作りたかったのだ。

「いらっしゃったお客さんと、5分でも10分でもいいから、世間話がしたいんです」

何より、水野さんは人が好きなのだ。

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地方の個人経営の本屋さんでは、そんな風に町の人々の愚痴を聞いたり、相談に乗ることも仕事のうち、と心得てる人もいる。

だけど、最初からそういうことがやりたくて本屋になった、という人は初めて見た。なるほど、だから私のような無名の作家が訪ねてきて、話を聞かせてくれ、と言っても、ちゃんと相手をしてくださるはずだ、と納得した(飛び込みで書店に行っても、いつも相手をしてもらえるとは限りません。小さいお店の方が作家慣れしておらず、新手の広告取りか何かではないかと、警戒されます)。

そして、それが理由だから、店舗を増やしたり大型書店にすることにはあまり興味が持てなかったのだろう。

「本が好きな人の中には、内向的な人も多いんですよ。だから、最初は挨拶だけ、それが何度か繰り返されるうちに、少しずつ打ち解け、話をするようになる。そういうことがたまらなく嬉しいんです」

と、水野さんは笑う。その笑顔が明るくて楽しそうで、人を和ませる。頑なな人の心を開くのは、この笑顔なのだろう。

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そして、その社交的な性格から、書店組合の活動にも積極的に参加している。

「長年やってると、最初は新人の営業担当として紹介された方が、今では大手出版社や取次で重役になってたり、ということもありますね」

組合も年々人が減っているため、役員の成り手も少ない。なので、なかなかやめられないそうだ。しかし、そういうことがいろんな業界的な繋がりを生み、結果的に仕入れの充実や、作家からのサインが届くなどのメリットをもたらしているのだろう。

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現在の店長は水野さんではなく息子の慎一郎さん。慎一郎さんは店をリニューアルさせ、店を手伝う奥さんや従姉妹のおかあさん、意見を取り入れ、女性向けの品揃えを充実させている。書店組合のイベントにも積極的に参加している。

そうして主導権を息子に譲っても、水野さんは店舗に立ち続ける。水野さんとの会話を楽しみに訪れるお客さんの相手をするために。

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No.136 七五書店再び

さて、前回に引き続き、再登場の七五書店。
なぜ、この店なのか。
実はここ、私が日本でいちばん動向を気にしている本屋だから、にほかならない。
前にも書いたが、うちの実家から近いということもあるし、町の本屋としては、ありえないくらい選書のしっかりした店だからでもある。

前回訪ねた時は、坪数が75坪だったが、現在は店の左側3分の1ほどを改装して自家焙煎の本格的な珈琲店にさまがわりしている。坪数が減った分、入口すぐのところにあった新刊・話題書の島は無くなり、壁際がそれになっている。で、その棚の渋いこと。ふつうなら大きく展開される直木賞受賞本、本屋大賞受賞本もあるし、ルメートルの「監禁面接」なんかもちゃんと置いてあるが、棚刺しで目立つのは、「奇跡の本屋をつくりたい」とか「庄野潤三の本 山の上の家」なんて本。
前にも少し触れたが、この店の単行本や文庫本は取次から黙っていても送り込まれる、というものではなく、一冊一冊熊谷店長が注文をして入れているものだ。しかも、一点につき多くても五冊、ほとんどの本は一冊ずつしか置かれていない。平台でも多くは本を立てて、背だけ見せて(棚差しのように)置かれている。つまり、この坪数としては種類が異常に多いのだ。しかも、200坪300坪の店では置かれないような変わった本が数多く置かれている。
とくに人文哲学社会あたりの本に珍しいものが多い。
「どうやって選書するんですか?」
以前ここを訪れた時、熊谷隆章店長に聞いてみたことがある。すると、
「取次の日販からその日発売される本の新刊情報が出されるんです。それを毎日チェックして、その中で気になったものがあれば版元のHPや書評などをチェックし、よさそうだと思ったら仕入れます」
日本で出版されるのは、書籍だけで一日200点あまり。文庫はまた別だから、どんなものが出ているか内容を把握するだけでも相当時間が掛かるはずだ。
それに要する時間は「毎日2時間くらい」と、熊谷店長はこともなげに言う。
毎日2時間!
ここが町の書店で、都心の店に比べるとお客様の数も限られており、就業時間中に暇をみつけて作業できるから、ということはある。それにしても、毎日2時間ずっと続けるのは並大抵ではない。さらに、点数が多ければ多いほど、本の管理も煩雑になる。店に置ける期限もそれぞればらばらだから、常に在庫に目を配っていなければならない。のアルバイトのスタッフもいるとは言え、熊谷店長の労力は並みではない。

さらに、この店の本の並びの特徴は、版元別ではなく、著者別になっていること。特にコミックに顕著なのだが、力を入れている著者のコミックは出版社も本のサイズが違っても、同じ場所に置く。コミックについてはそんな著者が100人くらいはいる。たとえば萩尾望都であればフラワーコミックの「ポーの一族」から「王妃マルゴ」「なのはな」文庫の「トーマの心臓」「バルバラ異界」といった漫画の主要作品だけでなく、萩尾著の「銀の船と青い海」などの小説やエッセイ、講義録、さらには森博嗣の書いた小説版「トーマの心臓」まで置かれているといった具合だ。
もともと熊谷さんはコミック読みで、書店員としてのスタートもコミック担当から。こうして著者別に並べようと思ったきっかけとなったのは、黒田硫黄という漫画家を売りたい、と思ったからだ。だけど彼の本は刊行点数が少なく、講談社はB6、イーストプレスはA5とサイズはばらばら。ふつうに置けば、別々の棚に入ることになり、刊行点数も少ないことから、棚に埋もれてしまう。フェアにするほどの量ではないが、彼の本は全部置きたい。そして目立たせたい。だったら、版元もサイズも関係なく、同じところにひとまとめにして置けばいい、という逆転の発想から、著者別に並べるこの店のやり方が始まった。それはメジャーどころの作家はもちろんだが、マニアックな作家にこそ力が発揮されている。一度著者別のセレクトした作品は継続して置き続けるから、版元品切れの本もここの棚に残っていたりするのだ。これは、ファンだけでなく、何より著者にとって嬉しいことだと思う。
また、この店には漫画家の色紙も多い。全部で100を超える数の色紙が飾られている。コミック専門店でも大型書店でもない、一介の町の書店でこれだけ漫画家の色紙をそろえている店はまず見当たらない。そういうことから、地元の漫画好きには「漫画に強い店」として認知されているらしい。

著者別の並びはコミックだけではない。小説についても同じだ。ただし、文庫は文庫の棚にまとまっているのだが、出版社別ではなく、著者別になっている。そして、手作りの見出しプレートがついている。ふつうは出版社から配られるものだから人気作家のものが中心だが、この店の場合、地元作家を優遇しているので、ほかにはないプレートも少なくない。
こうした並べ方は、お客には親切だが、管理は面倒だ。新潮文庫なら新潮文庫だけで棚を作った方が圧倒的に楽だ。それを可能にしているのは、50坪ほどの店ということで冊数に限りがあること、そして何より熊谷さん自身が一冊一冊丁寧に選書し、並べているからにほかならない。
また、人気作家で長期シリーズを抱えた作家の本は、この店の規模ですべて置くのは難しい。それで、そのための対策として、松本清張や宮部みゆき、吉村昭、星新一、藤沢周平と言った著者の本のリストを作り、棚差しにしている。これ自体、たいへんな手間の掛かる作業である。それを苦も無くやってのけるところも、熊谷店長ならでは、と言えるだろう。

ところで、この店の楽しいところは、店のあちこちにフェアが仕掛けられていることだ。入ってすぐ正面がいちばん大きなフェア。とっても、平台ひとつ分だが、いまはナツヨムが終わって売り場を縮小したところだが、ナツヨムの今年のテーマが食だったことからそれをいくらか残し、次期朝ドラ「まんぷく」を記念して関連本を追加し、新刊の食の本も加えて、新しい食のフェアを展開したかたちになっている。
正面平台の右半分は、地元も地元、瑞穂区出身の大島真寿美さんの常設コーナー。ここは何年も不動である。そこから奥に掛けて、地元名古屋本を集めている。定番のグルメ本や地域の歴史本、遺跡や古道の本、鉄道、建築の本と、名古屋に関連した本ってこんなにたくさんあるのか、と驚きがある。だが、それだけでなくアナウンサーなど地元有名人のエッセイや、名古屋を舞台にした、あるいは名古屋出身の作家による小説やコミックなどもそろっている。「カフェでカフィを」「文豪アクト」「かりん歩」「サボテンの娘」などなど、名古屋にゆかりのあるコミックもこんなに出ているんですね。ちなみに、拙著で唯一名古屋を舞台にしたスケート小説「銀盤のトレース」も、こちらにおいてもらっている。
レジ台の周辺にも、さくらももこさん追悼コーナー、日本ど真ん中大賞関連の本、戦争もの、沖縄本、憲法関係と五つのミニフェアが同時開催中だ。
戦争ものについてキーになっているのは、暮しの手帖社の「戦争中の暮しの記録」「戦中・戦後の暮らしの記録」と「この世界の片隅に」。ほかに高畑勲の「君が戦争を欲しないならば」、「一九八四年」あたりは定番として、「第八森の子どもたち」「スウィングしなけりゃ意味がない」「ヒトラーのはじめたゲーム」「子羊の頭」など、実にユニークな品揃えだ。だから、決して堅苦しい感じはしない。沖縄本は真藤順丈の「宝島」を核に「琉球・沖縄史」「醜い日本人」「沖縄からの本土爆撃」から「パーフェクトワールド」「接近」など、硬軟取り混ぜた幅広いラインナップ。
そしていま問題の憲法についても、「日本国憲法を口語訳したら」「9条誕生」「総点検日本国憲法の70年」といった憲法そのものについての本から「憲法と世論」「メディアに操作される憲法改正国民投票」といったメディアとの関わりから「昭和天皇の戦争」「昭和天皇伝」など天皇論に繋げている。
こういう硬い本がしっかりレジ前に置かれているところが、この書店の見識の高さを示している。

だが、硬いコーナーだけではない。本屋の随所に楽しさあふれるコーナーが点在する。ペットコーナーの犬猫本は、実用書を並べましたというのではなく、「世界の美しい街の美しい猫」「猫島」「作家の犬」といった写真集から「クロ日記」「犬仕草犬ことば」「柴犬だいふく」「はたらく柴田部長」といったエッセイ、コミック、童話なども取り混ぜた犬猫フェア状態。趣味の棚のところも、妙に将棋本関係が充実している。実は、それぞれかつてこの店で開催した猫ブックフェア、将棋本フェアで集めた本の一部をそのまま残しているのである。なので、フェアでないのにフェアのような楽しさがある。音楽コーナーにしろ映画コーナーにしろ、こんな本あったんだ、という発見がある。
そして、行くたびに、どこかしらそういうコーナーが更新されているのだ。
現在、熊谷店長が力を入れているのは、入口入って左手の人文・社会のコーナー。この辺の本は新刊も多く、したがって良書も多いので、熊谷さんとしても作るのが難しい本だというが、そこにもコーナーを新設中。「弟の夫」「尼のような子」「結婚差別の社会学」「ダウン症をめぐる政治」「ワンオペ育児」「いじめのある世界に生きる君たちへ」……。
この並び、わかるだろうか。生きにくさを抱えている人たちのためのコーナーともいうべき並びだ。熊谷店長の、そうした人たちへのエールみたいなものが、棚の並びから伝わってくる。まだ棚としては完成形ではないそうだが、いい棚になりそうな予感がある。

ところで、訪問したのはちょうど「新潮45」の問題が話題になっていた頃。
「こちらのお店では、どう扱ったのですか?」
と、聞いてみる。結果的に最終号となった巻は、話題になったため完売した、ということだ。なかには扱わないと宣言した書店もあったが、逆に大きく展開した店もあったと聞いている。
「実は、その前の号を読んで、これはちょっと、と思ったので、配本を切ったんです。もともとうちでは定期購読の方はいらっしゃいませんでしたし。なので、問題の号は入りませんでしたから、とくに問題はなかったです」
かいって、こちらの店が右翼系の本をまったく扱わないわけではない。新書の棚には、ネトウヨ本と揶揄された本も置かれている。欲しいお客さんがいるなら置く、本屋としては基本的な姿勢だ。
「だけど、目立つようには置きたくないですね」
そういう理知的なスタンスが、熊谷さんらしい、といえばらしいかもしれない。実はこの店、いわゆるPOPは少ない。言葉で強く誘導するより、棚を見て、お客様に選んでほしい、という、昔ながらの本屋の姿勢を貫いている。その辺は、熊谷店長の尊敬するちくさ正文館のやり方を踏襲しているのかもしれない。
だが、ちくさ正文館がそうであるように、この店の棚は雄弁だ。棚を見ていれば、いろんなことが見えてくる。本に対する関心が深ければ深いほど、そこで感じるものは深いかもしれない。
そして、いついっても、何かしらの発見がある。
そういう本屋は、ありそうでなかなかない。
それが名古屋の、しかも実家の近くにあるという至福。
それが長く続くことを、私は切に願っている。

(2018年9月26日訪問、10月25日アップ)

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No.135 戸田書店掛川西郷店再び

「書店ガール」シリーズを書き終え、書店について書くことがなくなったのがちょっと寂しくもあり、こちらのブログを再開してみようか、と思いつきました。営業ということでもなく、好きな書店を好きなように好きなペースで書いていきたいと思います。
なので、ひと月に一度とかふた月に一度くらいになるかもしれませんが。ゆるく、続けられればと思います。

で、再開第一回は、戸田書店掛川西郷店。こちらの高木店長は静岡書店大賞の仕掛け人であり、その縁で、以前にもこちらに伺ったことがある。その時は駆け足で覗いただけだったので(ブログにも書いている)、今回改めてじっくり店を案内してもらった。
入口は店の正面に向かって左手寄りのところにある。入店してすぐ正面にはお勧めの本がワンブロック。入口から右手の壁沿いに総合レジ。そして、レジ脇に、さくらももこさん追悼のコーナーがある。この時期、さくらさん追悼は現在全国の書店でやっているはずだけど、さくらさんは静岡出身で、子どもの頃は近所の戸田書店が行きつけだったという縁がある。なので、そのレスペクトが感じられるような手作りの桜色の美しいPOPと、戸田書店が出てくる漫画の1シーンのコピーも飾られているのが印象的だった。

でも、この店に入ってすぐに気づくのは、児童書の充実ぶり。左手いちばん手前に幼児が遊べるような一角があり、それから奥に向かって絵本棚、児童書棚、参考書コーナー、と続く。つまり、入口からまっすぐ店の奥へと進むにつれて対象年齢が上がっていく、という動線になっている。さらに参考書の前にライトノベルの棚が。
ラノベというとコミックの横に並べて置かれるのが一般的だが、あえてそこに置かなかったのは児童書から活字の世界へお客さまを導きたい、という高木店長の意図。コミックは真ん中に大人の一般書や文具を挟んで反対側手前にある。つまり、参考書とは対角線の反対側の場所。
「コミックはいちばん奥に」
これも高木店長のこだわり(もちろん、コミックだけ目当てのお客さまは、入口からまっすぐ右手奥に進めばいいので、不便ではありません。そして、コミックコーナーも大きく、充実しています)。こんな風に、お客の成長に動線をあわせている書店というのは、いままで私は見たことがない。そこに込められた高木店長の祈りみたいなものも感じて、なんだか胸が熱くなる思いだ。
そして、レジ前には駄菓子屋のコーナーもある。これもなかなかの品ぞろえ。
「町の本屋って、昔は気軽に入れるところだったんです。この店もそうありたいと願っています」
これは人気コーナーで、売れ行きがいい。高木店長自ら毎週静岡の問屋まで仕入れに行っているのだそうだ。
駄菓子は単価が安いので、売れても利益としては大きくない(どころか、仕入れの手間などを考えるとロスが大きい)。だけど、こうした心遣いが、店の居心地のよさに反映してくるだろう。
そして、この店を強く印象づけるのは、店のど真ん中にパイプを組み合わせて作った部屋のようなスペース。12,3畳ほどの広さがあり、ここで毎回力を入れたフェアをやっている。鎧を借りて展示したり、バイクを飾って関連書籍を置いたりしたこともある。このスペースでやる凝ったフェアは、毎回注目を集めている。伺った時はちょうど児童書の偕成社のフェアをやっていた。置かれた本は約200冊。壁沿いの左から順に1950年代の本、60年代、70年代とざっくり偕成社の歴史がわかるような置かれ方になっている。さらに、作られているPOPがすごい。
「美味しそうな料理の数々。なんとすべてクレヨンとクレパスで描いています」(「きょうのごはん」加藤休ミ/作)
「いろいろ出版されている『ブレーメンのおんがくたい』。偕成社版は村岡花子訳です」(『ブレーメンのおんがくたい』村岡花子/訳)
「描き分け版という手間のかかる手法で印刷されています。1場面だけ、銀のインクが使われているのがわかりますか?」(『よるのおと』たむらしげる/作)
ふつうの、書店員が書くPOPとは違う、あきらかに、本の制作に関わった編集者でなければ書けない言葉の数々だ。偕成社の営業担当者がこのために聞き集めたのである。
このフェアは、版元主催の全国一律のフェアではない。この店と、偕成社のコラボで生まれた企画である。なんとも贅沢である。
こうした目立つフェアだけでなく、レジのところに、静岡県三島がペンネームの由来である三島由紀夫の好物であったマドレーヌを置いていたり、読書用の枕を売っていたり、とそこここに工夫がある。静岡県内の小学生が持つ交通安全の黄色い手提げバックや、防災時やアウトドアで役立つイザ飯などを棚の間に見つけるのも楽しい。

また、9月中旬現在、ほかの書店ではどこでも展開している手帳フェアがここにはない。
「版元の発売がどんどん早まっているんですが、それをやるとその分本が置けなくなる。手帳は4月はじまりのものもあるから、それも置くとしたら、一年のうち半分は手帳が置かれることになる。それはもったいない。それに、短い期間で集中してやっても、売り上げ的にはそんなに変わらないと思うんですよ」
確かにその通りだ。
どうしてこんなに手帳を前倒しで売ることになったのだろう?手帳でいちばん売れているという、ほぼ日手帖の影響だろうか、と思ったりしないでもない(あれは毎年違うカバーのものを出して、人気のものは早く売り切れることをアピールして購買層の気持ちを盛り上げる。なるほど広告に長けた方のやる商売だな、と思う)。だけど、それ以外の、定番と言われる手帳であれば、何も早く買う必要はない。そんなに早く売り場に置かれても、結局お客が買うのは年末ぎりぎりではないだろうか。
本だけでも、年々点数が増えていて、置き場に困るくらいなのだから、手帳を早く置くことに抵抗する本屋があってもいいと思う。

そして、この店で本好きを喜ばせるのは、中央奥の棚にひっそりとトランスビューや三島社、夏葉社など直取引の本が並べられていること。
「ここを目的に来てくださる方もいらっしゃいます」
そこに、店長のお勧めという小さなコーナーもあったりするが、高木さんは、
「9割から9割5分はビジネスとして売れるものを置く。自分がやりたいことは、それ以外でやる」
確かに、都会のど真ん中であれば、本好きの好む凝った選書の棚だけで勝負することも可能だろう。それだけの人口があるから。だが、地方でそれは難しい。どんなに本好きの喜ぶ棚を作ったとしても、売れなくて、店を潰してしまったらおしまいだ。それは結局、品揃えが地域にあっていなかった。お客さんの方を向いて商売していなかった、ということなのだ。
だから、勢い地方の書店というのはベストセラー中心の画一的なものにならざるをえないし、本好きからみれば退屈な店に思えることも少なくない。
だけど、ここがそうなっていないのは、本屋という商売に掛ける熱、そして、子どもたちに本を好きになってほしいという高木さんの想いがぶれないからだろう。

「こちら、商圏はどれくらいですか?」
最後にそれを聞いてみた。
「そうですね。半径20キロくらいの範囲でしょうか」
半径20キロ。東京に住んでいるとぴんと来ないが、これって、新宿を中心とすると池袋も渋谷も銀座もすっぽり入ってしまう。西へと向かうと調布の先くらいまでの範囲だ。車では約30分。それくらいかけてここまでくる人がいる、ということだ。
もちろん、その間にも本屋はあるかもしれない。だけど、ここに勝る本屋はない。わざわざそれだけ時間を掛けてきたい本屋であるということだろう。
この店を覗いて、それがよくわかる。何かしら買いたくなるようなものがある。私も旅の途中で荷物は増やしたくなかったが、ついフェア台から一冊と、三島由紀夫の好んだマドレーヌを購入した。

ところで、高木さんは個人的に走る本屋さん、という活動をなさっている。戸田書店の仕事とは別に、自分で仕入れた児童書などを自分の車に詰めて、本屋のない地域に売り歩いている。
「地方の本屋はどんどん潰れて、無書店地域が増えているんです。そうなると、子どもたちが本と出会う機会がどんどん減ってしまう」
子どもというのは次世代の本の購買層だ。そちらが育たないと、本をめぐるビジネスはますます先細りになっていってしまう。次世代の読書家を育てたい、その想いが、高木さんがこの活動を始めたきっかけだった。
最初は自分で本を購入していたが、最近取次会社の東販がこの活動を理解を示し、東販から仕入れることができるようになった。よほどの資金がないと新規に口座が開けないと言われる大手取次にして、これはたいへんな英断である。東販を動かしたのは、高木さんのいままでの実績と、子どもに本を届ける理想そのものに対してだったのではないだろうか。
「この車が到着すると、子どもたちが寄ってくるんですが、その目の輝きと言ったら。正直、これを始めて自分の商売に対する考え方が変わりました」
小4まで近所に本屋がなく、薬屋のスタンドの漫画だけが新刊との出会いだった自分には、その子どもたちの嬉しさは容易に想像がつく。図書館の本とは違う、新しい、これまで見たことのない本と会える場所。それがどれほど大事なものなのかも。
そして、同時におとなになった今だから、この活動がどれほど大変なことかも理解できる。なにせ本業をちゃんとこなしながらの活動である。静岡書店大賞の運営も手伝いながらの活動である。
高木さんには家族もいる。休養したい、家族で過ごしたい、と思う時間をこちらにあてているのだ。奥様がもと書店員で理解があるからやっていけるのだろう。いまは子どもたちも巻き込んで、売ることを家族のイベントとして楽しんでいるようだ。
ちなみに、高木さん夫妻は自宅に無人古本屋も開いている。どこまで本を売ることがお好きなんだろう、と感服するばかりだ。
前向きでゆるぎない、高木さんのパワーに圧倒されて、掛川をあとにした。

最後に。
ここを再訪しようと思うきっかけになったのは、ある業界人の還暦のお祝いの飲み会が東京であり、そこで高木さんにお目に掛かったから。その方をお祝いしたい、ただそれだけのために忙しい時間をやりくりして、掛川から駆け付ける。その行動力と人に対する温かさに心打たれたのだ。
ちょっと足を延ばせば、会いたい人に会える。話を聞くことができる。
怠惰のために、その機会を逃してはいけない、と自戒したことだった。

(2018年9月16日書店訪問、9月21日アップ)

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No,105 本の王国 野並店

ブログのタイトル、変えました。
これから営業に関係なく、仙台や福島の書店に行ったりするので、タイトルとちょっと合わなくなるかな、と思ったりして。
実は今までも、営業というよりは取材という趣もあったので、ただ訪問とした方が自分的にもしっくり来る感じです。

Photo_3 で、久々に本屋訪問記。
前にもちょっとだけ書いた本の王国野並店。なぜここを再度訪れたかというと、うちの実家の近所にあり、それが縁で私のコーナーを作ってくださっているというありがたい書店様だから。日本中探しても、そういう書店はありません(佐賀は積文館書店伊万里店さんと、広島のウィー東城店さんでも、以前、BOOK・La繋がりで私の本をコーナーで一時期展開してくださっていました。ありがとうございます)。

いつか挨拶に行きたいと思っていたら、こちら、本の王国チェーン(直営店は16、フランチャイズは80店舗ほど)を展開している株式会社新進の書籍販売部の莨谷俊幸さんが私のブログを見てくださり、ご挨拶のメールをくださった。それでメールのやりとりをしているうちに、莨谷さんから「ごいっしょしましょう」と言ってくださったのだった。
いきなりひとりで伺うより、紹介者があった方が絶対にいい。初対面の人にいきなり話しかけるのは、たとえこちらに好意を持ってくださっているらしいとわかっていても、なかなか緊張するものですからね。
そんなわけで、実家の法事に帰るついでに、こちらのお店に寄りました。莨谷さんと、なぜか私の友人の村井和美もいっしょに。和美は高校時代のクラスメートなのだけど、以前の名古屋の営業周りの時にも付き合ってくれた。ドライバー兼マネージャーみたいな存在で、私にとっては心強い味方です。

さて野並店、私が子供の頃にはありませんでした。それどころか、野並には10坪くらいの小さな本屋が一軒あっただけ。それも、10年もたずにつぶれたけど。
これが平成8年頃に出来て、野並にもようやく文化の風が吹いた、と思ったものでした。
さてこの本屋、1,2階あわせて200坪くらいか。ぱっと入った印象は、やはり東京の書店と比べて本棚の高さが低く、通路の幅も広い。真ん中にはベンチも置かれているし、全体にゆったりした印象だ。ジャンルごとの看板も見やすい。
1階の入ってすぐのところに文芸のコーナーと、時節柄震災コーナーが。
莨谷さんによれば、チェーン全体の売り上げでも、耐震や防災についての本はそれほど伸びていないけど、東北大震災の写真集や東北の地図などはよく動いているのだとか。
名古屋でも東北の地図が動くのは不思議に思ったが、
「警察官や消防隊員は、この辺りからでも派遣されるのですよ」
と、莨谷さんが教えてくれた。なるほど、そうした人たちには、地図は必需品なわけだ。東京よりさらに名古屋は震災から遠く、街の雰囲気も震災とは関係ないように見えるが、やっぱり無関係ではないのだな、と思う。

さて、その奥の文芸コーナーでは、本屋大賞受賞作を平積みで展開中。
「今年の本屋大賞は売れましたね。もともと人気があったのですが、受賞のおかげでファン層が広がりました」
と、文芸担当の高畑京子さん。受賞作だけでなく、著者のほかの作品も動いているそうだ。ほかには東野圭吾さん、有川浩さん、海堂尊さん、佐伯泰英さんなどがこの店の売れ筋である。
Photo_9 そうした売れ筋の作家のコーナーや自己啓発書などが大きくとられている中、見つけました、私のコーナー。いや、思ったよりスペースが大きく、いい位置に展開してくださっている。大きなPOPに、私の出身小学校、中学校、高校(ここまでは地元)、と大学名までちゃ んと書かれている。ちょっと冷や汗が出る思いでしたが(たいした経歴でもないので)、これを見て、親近感を持ってくださる方が、この界隈にはいるでしょう、きっと。売り上げに繋がっているかどうかは、怖くて聞けま せんでしたが、嬉しいです。

Photo_5 ところで、椅子のある本屋さんというのは最近よくあるが、ベンチのある書店というのは滅多に見ない(ほかには、同じ名古屋のらくだ書店くらい)。こちら、なぜ置かれているのかと尋ねたところ、
「こちらの店はお年寄りのお客様も多いのです。それで、バス停や地下鉄の駅から歩いてくると疲れていらっしゃる方もいるので、休んでいただこうと思って。だけど、お年寄りの方は遠慮されて座らず、若い方の方がむしろ利用されることが多いです」
と、高畑さん。なるほど、お年寄りを大事にされる店なのですね。
「午前中は目的買いの高年齢層の方が多いですね。午後は学生さんが多いです」
実はここ野並、今年の3月までは地下鉄桜通線の終点だった。それでバスターミナルもすぐ目の前にあり、通勤客がついでに立ち寄ることが多かった。しかし、地下鉄が徳重まで伸び、バスターミナルも移転したことから、客層はかなり変わったという。
「それまではサラリーマンやOLが中心で男女比は1対1に近かったのですが、今は7対3くらいで男性が多いです」
Photo_6 そして、その男性比率を上げる要因が、コミック、ライトノベル、カードを専門に扱う2階の売り場だ。私が訪れた日は土曜日で、恒例のゲーム大会が行われていた。これは毎週行われているそうで、この日は人気の「デュエル・マスターズ」の大会で、小中学生が30人近く集まって楽しそうに騒いでいました。
大会のある週末だけでなく、平日でも対戦相手がいれば対戦できる場所を提供してくれるので、毎日のように通っている子どももいるそうです。少子化で同じ趣味の友達を見つけにくい、あるいは同じ学校の人間関係だけでは息苦しいと思う子どもたちの居場所になっているのでしょう。ゲームセンターよりずっと健全だし、親としても書店であれば安心だし。子どもたちの楽しそうな声を聞いていると、こちらもなんだか楽しくなった。リアル書店の強みというのは、こうした場を提供できること。こうした強みを生かした店がもっともっと増えるといい、と思いました。

Photo_7 さて、高畑さんだが、実は書店員歴は長いものの、一時期、CDやゲームショップでも働いていたという。それらと比較して書店はどうか、と尋ねると、
「本屋の方が楽しいです」
とにっこり笑って即答。
「扱うジャンルの幅が広いというのもいいですし、お客さんが店員に話しかけてくれることが多いので、ほっとします」
なるほど、本は点数がべらぼうに多いうえに、ジャンル分けがあいまいな部分がある。そのため客が店員に質問する機会が多いのは事実だ。逆に言えば、それだから書店員の知識が必要とされるし、カリスマ書店員というものが生まれてくる理由でもある。
また、書店員の工夫が生きやすい売り場でもある。高畑さんの経験でも、
「週刊ダイアモンドのバックナンバーを展開したところ、ビジネスマン以外の方も買っていかれました」
棚差しでは固定ファンしか買わない雑誌も、特集によっては固定客以外の興味を引く。それをいかにお客さんに気がつかれるように見せるか、というのは、実は売り場を仕切る書店員次第だったりするのだ。そうした面白さを経験すると、なかなか書店員から足を洗えないものらしい。高畑さんが一時、別の業種に行ったのに、やっぱり戻ってきたのはそれが理由だろう。

Photo_8 さて、今後書店員としてどんなことをやっていきたいか、最後に聞いてみた。
「本に限らず、いろんなものを集めて展開してみたい」
実は高畑さん、文芸以外にもビジネス書や文庫、文具なども担当しており、文房具と本のコラボということをやっている。最近では、手を汚さずにポテトチップスを食べられる「ポテトング」という文具を本の近くに置いたところ、100個近く売るヒットになったという。書店での文具の売り上げとしたら、これは異例のヒットだ。ほかにも、料理本と書見台とかこうしたコラボにはまだまだ可能性がありそうだ。

ところで、訪れた日は台風接近間近の大雨の日。でも、おかげでお客さんも少なく、ゆっくりできると思ったら、高畑さん曰く、
「最近は、晴れていてもこういう日があるんです」
固定客のいる2階はともかく、1階の文芸関係などはやはり地下鉄の延長で打撃を受けている。実は、そのことは地元でも噂になっており、移転するらしいなどとまことしやかな噂が立ったりもしていました。いえ、それはガセで、そんな予定はないそうです。
だけど、やっぱりお客さんが集まってこそ、本屋は成り立つ。だから、地元のみなさん、ぜひこの店で買い物しましょう。野並の文化の牙城を守りましょう。広くて、新しくて、居心地がよく、お年寄りにも子どもにも優しいお店です。
私も、帰省したときには、なるべくここに立ち寄って、買い物をしようと思いました。

 

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No.68 七五書店(名古屋市瑞穂区)

Img_0997 さて、西日本営業の最初は再び名古屋。実はこちら、七五書店のことを知ったのは、ツイッター上で。以前、新瑞橋の泰文堂の記事をブログに上げたところ「うちの近所」と七五書店の方がツイッター上でつぶやいてくださったのだ。
泰文堂に近いということは、うちの実家にも近い。でも、新瑞橋からバスで一駅のところに、本屋があっただろうか。このあたりは、自分の(本屋チェックの)テリトリーだったはずなのに。
それで俄然、興味を覚えて、ツイッターを通じて営業兼取材の申し込みをしてみたのだった。

Img_0998 七五書店で出迎えてくださったのは、熊谷隆章さん。会った直後に、実はこの熊谷さん、桜台高校卒業ということで、自分の後輩でもあることが発覚。地元なんで、ありえないことではないのだが、いきなりなので驚いた。大学の後輩の書店員としてはオリオン書房の白川さんがいるが、高校の後輩に会ったのは初めて。これも縁だな、と思いました。さっそく熊谷さんに売り場を案内してもらうことにする。

Img_0999 七五書店の名前の由来は、店舗の坪数が75坪だから、ということらしい。町の本屋さんとしては、比較的広いので、ゆったりしている。めざしているのは、
「一見普通の本屋だけど、癖がある。中毒性のある棚になっている」
ということだそうだ。その言葉通り、入ってすぐの目立つフェア台のラインナップがまず普通じゃない。林真理子「下流の宴」(毎日新聞社)柳美里Img_1001 「ファミリー・シークレット」(講談社)川上弘美「パスタマシーンの幽霊」(マガジンハウス)が面陳されているのは、まあいいとしよう。それらと並んで「秘密結社の時代」(海野弘・河出ブックス)、「カントの人間学」(ミッシェル・フーコー・新潮社)、「談志最後の根多帳」(悟桐書院)。棚差しだが、「出版の魂」(高橋秀明・牧野出版)「鉄道という文化」(小島英俊・角川選書)「悪魔学入門~デビルマンを解剖する」(南條竹則・講談社)、うーむ、これは、どんなコンセプトなのImg_1003 か。
「うちは新刊がどさっと入ってくる店ではなく、自分で注文して選んでいるので、この並びにはこだわっています。まあ、自分なりの文脈棚というか。ざっくり言って、こっちは文系。裏側がビジネスとか社会科学系」
確かに、棚差しになっているものには、ある種の流れを感じる。面陳の基準は私にはわからないけど。で、角のところにはImg_1004 「1Q84](新潮社)や「天地明察」(角川書店)といった売れ筋が並ぶ。
「心掛けているのは、探しやすい棚。だけど、それだけでは面白くない棚になる。探しやすさと同時に、こんな本があるという発見がもたれるようにしたい」
そうした意図から、文庫本についても、版元別ではなく、作家別のあいうえお順になっている。確かに、ライトノベルのファンをのぞけば、お客はどこの版元かはあまり気にしていない。作家別に並べてもらった方がわかりやImg_1007 すい。それだけでなく、たとえば浅田次郎と芥川龍之介、あいうえお順では浅田さんが前だが、棚の幅の関係でそのとおりに並べると2段にまたいでしまう。なので、あえて順序を入れ替えて、芥川を前に並べる。小さなことだが、お客様に対する気配りだ。それだけでなく、「隣にくる作家の名前も考えて並べる」のだそうな。
そのコンセプトが端的に現れているのは、実は小説ではなく、ノンフィクションの棚。
Img_1006 たとえば小松和彦の「日本妖怪異聞録」(講談社学術文庫)があって、佐野眞一「旅する巨人~宮本常一と渋沢敬三」(文春文庫)、そしてその宮本常一の2冊並んだ横に柳田国男、そして柴田宵曲の「奇談異聞辞典」(ちくま学芸文庫)という流れ。面白いよ。

さらに、文庫棚をよく見ると、隅のところに薄い箱が張り付いていた。中には「東野圭吾文庫作品リスト201004」というフリーペーImg_1013 パーが入っている。内容は、2010年現在、文庫で入手可能な東野作品のリストだ。タイトルだけでなく、それぞれの価格、版元、ISBNコード、発行年月日もついている。もちろん手作り。たぶんエクセルで表を作って、B5の紙にプリントアウトしている。東野さんだけでなく、宮城谷昌光さんや宮部みゆきさん、藤沢周平さんといった人気作家については同じものが作られている。
いいな、こういうの。ほかではまだ見ていない。作るのは、結構、面倒だと思うけど、お客は喜ぶと思う。これがあれば、どれだけその作家の本を読んだかチェックできるし、次に買う目安になる。自分だったら、宮部みゆきさんのをもらって帰って、マーカーで読んだ本に色を塗る。
「どれだけ販促に繋がっているかはわかりませんが、持って行かれる方は多いですね」
そうでしょう。ファンは嬉しいもの。きっと、これを見て買う人もいますよ。

Img_1018 それに、特筆すべきは本屋大賞の棚。受賞作候補作が並んでいるのはもちろんだが、熊谷さん自身が投票した3冊もPOPつきで並んでいる。「ハーモニー」(伊藤計劃・早川書房)、「線」(古処誠二・角川書店)そして「よろこびの歌」(宮下奈都・実業之日本社)。
をを、「よろこびの歌」。宮下奈都さん。これは「銀盤のトレース」の担当編集者である高中さんの仕事。その縁で、宮下さんとは3日後に会うことになっている。やっぱり、繋がりますねえ。いえ、うちの地元だとか、私の後輩といった時点で、こちらとは浅からぬ縁ではないか、と思ってたのですが。
Img_1016 もちろん、熊谷さんはツイッター発の「スコーレNo.4」の秘密結社の運動にも参加している。この時点では、まだ運動が動きだした直後だったが、すでにコーナーを作って展開していた。すばやい動き。おそらく、運動とは関係なく、「スコーレNo.4」を多めに仕入れていたのだろう。「よろこびの歌」を推すくらいだから、宮下さんの文庫にチェックを入れていないわけはない。
ほかにも、ツイッター上で以前、盛り上がった「ネコ本」運動にもこImg_1015 ちらは参加していて、その名残もちらり。POPだけでなく、棚にシールを貼って楽しさを演出しているのがいい。

ほかに、いままで仕掛けて印象に残るものは?と、尋ねると、
「そうですね。どういうきっかけかは覚えていないのですが『クレイジーカンガルーの夏』(諠 阿古・GA文庫)を読んですごく面白くて、ライトノベルですが一般の方にも紹介したいと思いました。本屋大賞にも推薦したところ、『本の雑誌』の増刊号に自分が書いたコメントが掲載されました。するImg_1014 と、それを読んだ版元の営業の方から、夏休みの注文書にそのコメントを使わせてほしいという連絡をもらいました。小さい書店なので、営業の方もあまりいらっしゃらないですし、版元の方とあまり接点がないので、こういうやりとりがあると印象深いです。この文庫については、うちの店頭でもコメントを書いたパネルを作ったりしたので、まずまずの反響でした。うちでは、こうした仕掛けはたまにしかやらないので、やるからにはお客様に響くものを、と思います」

ところで、こちらの客層はどんな感じなのだろう。
「学生から家族連れまで幅広いです。男女比では同じくらい。常連の方は多いと思います。でも、接客するうえでは、常連の方もそうでない方も、区別しないように対応したいと心掛けています」
Img_1008 なるほど。熊谷さん、真面目な方だ。そんな熊谷さん、個人的に好きな書店はどこだろうか。
「ちくさ正文館です。こちら、高校時代に初めて入ってすごいショックを受けました。以来、すごく意識しています」
出た!名古屋の基本、ちくさ正文館。やはり、ここは名古屋の書店員には絶大なレスペクトをされているんだなあ。熊谷さんの本の選びにも、確かにちくさ正文館の匂いは感じたよ。
「それから、往来堂書店の元の店長の安藤さんの『文脈棚』の考え方にも影響を受けました」
なるほど。あの新刊台はそれなのか。
「さらに、サカエ地下のリブレット。こじんまりとした店だけど、リブレットの面白さをぎゅっと凝縮した感じで、面白いです」

Img_1019 ところで、熊谷さん、ツイッターやブログなどで活発に書き込みをされている。その理由は、と尋ねると、
「地元のお客さん以外にも、少しでも認知してほしいと思うので」
とのこと。そうだよね。このあたり、うちの実家の近くでもあるけれど、どちらかといえば下町、庶民的な地区だ。普通で考えれば、わかりやすい有名作家とか、ベストセラーを置こうと思うだろう。だけど、あえて本好きにも楽しめる店作りを、と頑張っているのがわかる。この地区にあるまじきレベルの高さだ。だからこそ、広く本好きの客を集めたいと熊谷さんは思うのかもしれない。
Img_1020 それがうまくいってほしい、と私も思うが、同時にこの地区の子供たちは幸せだ、と思う。
こういう店が近所にあったら、きっと楽しいよ。
ほかの店を知らないから、今はこれが当たり前だと思うだろうけど、いつか子供たちも気がつくと思うよ。町の本屋にはあまりない本が当たり前に並んでいた、それがどれほど幸せなことか。
小さい頃接する本、つまり地元の本屋で見掛けた本が、後にその人の嗜好にも影響するというのは、この年になってますます実感することだから。

こういう本屋が、高校時代にほしかった。
きっと、週に何回も通っていたよ。
地元の本屋を5軒探して、あとは丸善になければ名古屋のどこにもない(30年前の名古屋はそうだった)。そんな貧しい本屋環境で育った身としては「今の子はいいなあ」とうらやましくなると同時に、その店で頑張っているのが高校の後輩という事実に、なにか胸が温かくなる思いだった。
がんばれ、七五書店!
遠くから、エールを送っています。

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No.53 ジュンク堂書店 名古屋店(名古屋市中村区)

Img_0820 さて、名古屋最後はジュンク堂書店名古屋店。書店激戦区名古屋駅近辺の書店の中では、ちょっとだけビジネス街寄りにあるこのお店。おなじみの緑の看板の落ち着いたたたずまいが殺風景なビル街に映え る。駅直結のにぎにぎしい場所よりも、ジュンク堂のカラーにふさわしい立地だと思う。

こちら実は「辞めない理由」の営業で来たことがある。重元店長に気さくに応対していただいた。幸いにも、重元さんは変わらずお店に在籍されていたが、今Img_0817_2 回は重元店長から紹介された文芸担当の一色美咲さんにお話を伺うことになった。
書店周りの時にはPOPや注文票のほかに、宣伝用素材として書評のコピーも持ち歩いている。それで「小説すばる」に載った大森望さん の拙著のレビューを一色さんにお見せしたところ、「この人、うちにいらしたことがありますよ」とのこと。以前、大森さんが名古屋のラジオに出演された際、こ の店を見掛けて飛び込みで営業をかけたのだそうだ。ここでも大森さんの名前を聞くとは。というか、大森さんでも飛び込みで営業することがあるんだなあ、と 感心したりもして。なんて話はともかく。

Img_0810 1.こちらの売れ筋は?
お客様は男性ビジネスマン、それも40代、50代の方が多いです。ですので、売れ筋は経済書とか専門書。それも実用書ではなく、オフィスで使われる本をまとめ買いされるケースが多いです。
文芸では、経済小説とかミステリ。黒木亮さんの「排出権商人」や池井戸潤さんの「鉄の骨」がよく出ています。
SFもまあまあ動きますし、海外ミステリにも固定ファンがついています。それから、地味に文芸評論も売れています。うちの店は300坪くらいですが、そのわりにはよく動いていると思います。神保町の古本屋探訪とか作家についての評論であるとか。
2.個人的にこだわって作っている棚は?
幸田文さんの本をずっと積んでいることですね。
それからうちはこの近辺では俳句や詩歌についての蔵書が多いので、目的買いでいらっしゃるお客様も多いんです。ですから新しい人の作品も置くし、既刊の本も置くようにしています。
Img_0812 詩歌の棚には、谷川俊太郎さんのコーナーを作っています。谷川さんにいただいた自筆の色紙を額装して飾ってあるのが店の自慢と言えるかもしれませんね。
3.仕掛けてうまくいったというものがあれば。
言葉に関する本がよく売れるので「谷川俊太郎の問う言葉答える言葉」を目立つように置いたところ、よく動きました。普段こうしたジャンルを読まれる方は少ないですけど、目に付けば手にとっていただける。ですから、置き方は大事だと思います。
Img_0811 たとえば「ニーチェの言葉」のような本は1日で何十冊も売れます。そういう本をちゃんと揃えるのはもちろんですが、初版千部で一刷、二刷という本でも、1冊は置いておかないと、という本もあります。それを見逃さないようにしないと、と思っています。たとえば宮沢賢治関連の本などはそうですね。そういう本がちょこちょこ売れているのに気づくのが嬉しいんです。
4.書店員になってよかったことは?
自分の好きな本が売れるのは嬉しいですね。それに、接客は楽しいです。お客様がお探しになっていた本を見つけて差し上げられるのは嬉しいです。
Img_0814 5.印象に残る営業マンは?
白水社の田代さんです。若手の営業の方ですけど、かなり熱い方です。岸本佐知子さんの使いっぱだとご自分でおっしゃっていましたけど(笑)。海外文学をよく読まれていて、いつも4.50分しゃべって帰られるんですが、本が好きな方だと思います。

書棚を拝見していたら、SFのところに冲方丁さんの「天地明察」が置かれていた。「最初は時代小説のところに置いておいたら、冲方さんはSFの人だから、と店長がこちらに置きなおしたんですよ」と、一色さん。うーむ、重元さん、もしやSF者?確Img_0813 かめたかったけど、すでに外出されていたので確認できませんでした。
それがちょっと心残りだったけど、ビジネス街のオアシス的なこのお店で、穏やかな一色さんとしゃべっていると、ほのぼのした気持ちになりました。ラストがここでよかったと思いつつ、名古屋営業を終わらせることにした。

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No52.ザ・リブレット千種店(名古屋市千種区)

Img_0783 Img_0791_2 ここは、らくだ書店東郷店の小池さんが好きなお店として上げられていたところ。ネットで調べると、すごくお洒落な本屋らしい。それで、行ってみました。ショッピングモールの中にあって、面積は500坪はあるでしょうか。
なるほど、ひと目で普通の店とは違う、お洒落な内装。本棚もワイヤーラックを使ったりして一味違う。食器だの、スリッパだのの雑貨も置いてあるし。店員さんのユニフォームが黒のTシャツってとこも、またいいんだな。
Img_0786 Img_0790 こんなお店に私の本は置いてないだろうな、と思ったら、感激。ちゃんと平積みになっていました。フリーペーパーも併せて置かれているし。なんて素敵な扱い。
これは、ぜひお話を伺いたいと思ったのですが、文芸担当の方は「仕掛けをやっているのは、正社員の人だから」とおっしゃっImg_0788 Img_0792_2 て、取材を遠慮されました。
仕方ないので、ばしばし写真だけとって退散。写真から素敵な雰囲気を感じ取ってください。

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No51.泰文堂書店新瑞店(名古屋市南区)

さて、関西営業のあとは、ちょっとだけ名古屋にも戻りました。で、やってきたのがこのお店。ここはどうしても来たかったのよ。高校時代、よく来たお店だったから。
というか、正確には、ここ以外にも南区に5軒ばかりよく行く書店があったんだけど、ここと、新瑞橋のターミナルビル店以外は無くなっていました。どこも個人経営の小さなお店だったんだけどね。残念です。

Img_0795 で、ここもどうなっているかな、と思いました。目の前に大きなショッピングセンターが出来ているし(その中に大型書店がオープンした)、無くなっていても不思議ではない。だけど、2階に上がっていったら、30年前と変わらずちゃんとそこにありました。
嬉しい。
昔なじみのお店がちゃんとそこにある、というのは、ほんとにいいものですね。昔の記憶と今がちゃんと繋がっている気がする。
でもって、さらに嬉しかったのが、ここのお店の品揃えが小さいながらもしっかりしていたことでした。古めかしいスーパーの中だけど、新刊にしろ、文庫にしろ、押さえるところはちゃImg_0797 んと押さえている。「親鸞」とか「ロスト・シンボル」もちゃんと平積みになっていた。それに、子供向けの学習参考書や絵本なども、手堅く揃えている。
この規模で善戦している、と思ったら、こちら泰文堂書店のチェーンだったんですね。だから、当然と言えば当然なんですけど、昔は「ユニーの2階」とだけ認識していて、店名まではチェックしていなかったなあ。
Img_0800 お店の方に、そんな話をするととても喜んでくださって、注文も取ってくださったんですが、店長さんがいらっしゃらなかったので、取材については出来ませんでした。残念。POPだけ置いて帰りました。

ここには大きなお店にはない選びやすさ、気の利いた品揃え、ターミナルからもすぐ行ける便利さがあります。ちょっとした買い物だったら、この店でも十分対応できますよ。近隣のみなさん、昔ながらのお店も大事にしてくださいね。

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No.28 神宮前泰文堂(名古屋市熱田区)

Img_0555 さて、この日、最後は泰文堂さん。
パレマルシェという、神宮前駅そばのショッピングビルの中にあるお店。
場所柄、主婦だけでなくビジネスマンや学生も多く集まりそう。広い店内に、ビジネス書や学習参考書書なども充実していました。

ただ、こちらも広い店内に、土曜日のせいか書店員さんが少なく、担当の方がレジを離れられそうになかったので、ご挨拶だけに留めました。
Img_0554_2 営業の竹田さん曰く、人情に厚いお店だそうで、確かに本も一番目立つところに置いていてくださいましたし、我々の駐車券も、特別に時間を延長できるよう計らってくださいました。さりげない心遣いが嬉しいです。ありがとうございます。

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NO27.磨里書房 南店(名古屋市熱田区)

Img_0553_2 さて、豊橋から名鉄に乗って神宮に戻り、友人の和美と会う。和美が、また書店周りにつきあってくれるのだ。しかし、私と和美の組み合わせは、どうも道に迷うらしい。版元からもらった資料にある住所をいくら探しても、みつからない。ここぞとばかりに出したアイフォン(ようやく住所検索が出来るようになった)のナビでも、該当なし、と出る。
結局、一番あてになる、住人に尋ねるという手段でお店を突き止めました。なんのことはない、資料にマリ書房とあったのが、磨里の間違いだったんですね。

店構えはこじんまりしているようで、中は意外と奥行きがある。入り口脇には寄せ植えの鉢。入ってすぐのところにパン関係のムックが並んでいたり、子供たちがアナログのゲー ム本で遊べるようなコーナーが作られていたり。BGMもジャズが流れていました。お洒落でこだわりが見られるお店。
お、これは素敵、と思いましたが、バイトの方だけだったので、挨拶だけにしました。

うーむ、取材がしたい。
次回、機会があったらチャレンジしたいお店でした。

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