No,143 大盛堂書店
渋谷駅のスクランブル交差点に面し、センター街入口脇にある大盛堂書店。渋谷の町にすっかり溶け込んでいるこのお店、実は1912年創業の老舗である。一時期西武百貨店前に場所を映していたこともあるが、この店は長年渋谷の変遷を見守ってきた。ここ数年でスクランブル交差点が観光名所として定着し、ハロウィンの時は大騒ぎになるし、自撮りをする外国人観光客に会わない時はない。
そうした場所柄、
「最近は外国人のお客さまが増えましたね」
と、文芸担当の山本亮さん。「韓国や中国のお客さまは、好きな日本人タレントの写真集や雑誌をまとめ買いされたりしますし、ファッション誌もよく売れます。母語で馴染んでいる『どらえもん』や『ポケモン』の漫画(日本語)を、記念に1冊だけ買って行かれる方もいます」欧州系のお客さまには、なぜか「星の王子さま」の評判がいいらしい。それに、「近所の本屋が無くなったから」と、バスや電車でわざわざ来る高齢者の方も目だつようになってきたが、やはり中心は20代、30代。それも、女性の比率が高い店のようだ。
フロアの構造は、地下1階がコミック売り場、1階は雑誌、2階は文芸と実用書、3階はイベントフロアになっている。売り場の総面積は60坪ほど。決して広いスペースとはいえないので、セレクトされた売り場になっている。
2階に上がると、すぐ正面に話題の新刊。それも、平積みではなく、立てて表紙が見えるように面陳している。階段から上がってくるお客さまの目に飛び込んでくるような配置だ。
そこには男女問わず人気の池井戸潤「ノーサイド・ゲーム」や東野圭吾「希望の糸」などはもちろん、チョ・ナムジュ「82年生まれ、キム・ジヨン」、レティシア・コロンバニ「三つ編み」、ブレイデイみかこ「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」が並んでいるのがいい。本読みの女性に向けた並びだと思う。
同じことは壁面のフェアを見ても思う。伊藤朱里著「きみはだれかのどうでもいい人」が、各5冊面陳で3段に並んでいる。この本、まだ一般にはそれほど多くは知られていない。それをあえてフロアでいちばん大きく展開するところに、この書店の気概を感じる。
「こうした本はお客さまにすぐ響くというものではありません。(手に取りやすい本と比べて)間に1つ2つ挟んでステップアップして読む本だと思います。売れ筋をしっかり売るのは大事なことですが、こういうじわじわ売れる本もちゃんと売っていかないと、これからの時代は難しいと思うんです。量だけじゃない、質も求めていかないと」
すごくとがっているわけではない。だが、フロアの隅々まで神経が行き届いている。売れ筋と定番と押したい本がバランスよく置かれているし、表紙で見せるか背で置くかも考えられている。ポスターの貼り方ひとつとっても棚の隙間に長く貼ったり、天井からつるして大きく見せたり、と工夫がある。
「あえてとがった感じにはしていません。(それぞれの本を)店の空気になじませる、というか。場所が狭いのでできることは限られるんですが、面陳で横並びにする時には順番に紐付して、たとえ右端と左端が違うジャンルでも、棚の流れを見ればなんとなく統一感があるというようにしたいと思っています」
そして、心掛けていることは、
「押しつけがましくならないように、ということ。昔はPOPに細かいコメントをつけたりしていたのですが、熱量がこもり過ぎても、本や著者の邪魔をするような気がするんです。本の下に手を添えて、支えていくのが僕の仕事かな、と思うんです」
書店員としてのこだわりが出過ぎると、エゴが出る。本と著者とお客さまと併走して行きたい、と山本さんは言うのだ。
なるほど、以前からこの店は「品がいい」と思っていた。
その印象はどこからくるのか。若草色の什器や本の見せ方のうまさなどもあるが、若い女性にも好まれる選書、そして山本さんをはじめとするフロア担当者の姿勢にもあるだろう、と思った。
また、この店はイベントが多いことでも知られている。月に3~5回程度開催されるイベントの6割くらいは山本さんが仕切っている。ここは大型店ではないので、そのほとんどは版元からの持ち込みではなく、店の独自企画。山本さんは企画を立て、著者や版元に交渉し、告知し、お客さまに対応し、当日は司会も担当する。本業以外にこうした仕事を抱えるのはたいへんではないか、と尋ねると、
「たいへんだと思ったら負けですから。そもそも、著者の方や版元、お客さまに失礼ですし」
と、山本さんは受け流す。
「イベントをすることで、著者の方やお客さまともっと繋がりたい、店頭にもっとスパイスを加えたい」
と思って企画しているのだ 。
山本さんは他店の書店員と繋がることも厭わない。他店の方と組んでフリーペーパーを作ったこともあるし、この店で他書店の書店員とトークイベントをすることもある。9月27日には丸善ジュンク堂渋谷店と紀伊國屋書店渋谷店の文芸書担当を招き、今年上半期の文芸書ベスト3と下半期の展望について語り合った。
「他書店の人と話をするのは趣味みたいな、井戸端会議的な感じですね。一店舗だけでは煮詰まりますし」
学生時代からアルバイトをしていたので、山本さんは出版のいちばんよかった90年代半ばも知っている。そういう時代は何もしなくても本が売れたし、アルバイトでも(少額だが)ボーナスが出たという。
だが、いまは何か仕掛けないと本が売れない。皮肉にも、こういう時代になって本屋を語る本や雑誌が増えたし、カリスマ書店員という存在もクローズアップされるようになった。
「僕は違いますが、前に出られる書店員は出た方がいい。書店員が何もしなかったら、本の売り上げはもっと下がっている。本屋大賞が押し戻した部分は確実にあると思うんですよ」
自分で本を書いたり、マスコミで語ったりできる書店員は、野球に例えればエース・ピッチャー。
「自分はエースを支えるリリーフ・ピッチャーかな。あとの世代にバトンタッチするのが役割と思っています」
いままでいろんな試みをしたし、実績も上げている。雑誌担当の頃にはアイドル情報を地道にチェックし、その情報を売り場に反映させて売り上げを伸ばし、ある雑誌のある号単体で1700冊ほど売ったこともある。
「仕掛けて売る経験は、できるならした方がいいですね。それが自信になりますから」
文芸書の売れない現在でも、イベントを仕掛けたりすれば単独で200冊越えすることもある。にも関わらず、山本さんは現在の状況について、
「やりたいことはだいたいやりましたから、いまは地ならしをする時期かな、と思っています。棚を見直したり、自分自身の仕事を見直しつつ、インプットする時期じゃないか、と」
あくまで謙虚に、時代の変化がダイレクトに感じられる渋谷の街のど真ん中の店で、山本さんは今日も売り場に立ち続ける。
(2019年9月23日訪問)
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