No.140.ときわ書房志津ステーションビル店
この店を紹介してくださったのは、静岡のイベントで知り合った元書店員の方。ときわ書店志津ステーション店の日野剛広店長は、いろいろ面白い仕掛けをしたり、あちこち書店を訪問したり、SNSでもさかんに発信されているとのこと。元書店員の方に「ちょっと遠いですけど、いいお店ですからぜひ行ってみてください」と言われたら、行かないわけにはいかない。幸い、隆文堂の元書店員Uさんもこちらの店を前から見たかった、とおっしゃるので、同行してくださることに。道連れがいれば遠距離も苦にならない。旅は道連れ、です。そして、実は前回の本屋lighthouseは、ほかならぬこちらの日野店長のご紹介。ときわ書房では日野店長の部下にあたる関口竜平さんの、もうひとつの仕事を教えてくださったのだ。その日、本屋lighthouseで我々は閉店まで粘り、その後ときわ書房へ通勤する関口さんに、我々も同行した。
こちらの店、京成本線志津駅に隣接するビルの中にある。京成本線の改札を出てそのまま歩くと本屋に出るが、ビルの中では3階にあたる。1階はパチンコ屋、そして、同じフロアには生鮮食品などを売るスーパーや千葉の名産品を扱う店などもある。外から見ると、本屋が入っているようには見えないビルだ。
だが、ぱっと本屋のフロアを見れば、気合が入っている本屋であることがすぐわかる。
お客さまが見やすいように、細かくインデックスで仕切られた実用書コーナー。まるまる一冊試し読みできるコミックが集められたコミック売り場のワゴン、さまざまなPOPが並ぶ文芸売り場。地元紹介本も、廊下に面したところに目立つように置かれている。
廊下との仕切りの壁を使ったフェアコーナーもいい。展示されていたのは「ビールの本集めました。」加えて「ちょっとカレーも……」。夏らしいお酒とカレーの本という親しみやすいフェアだが、左端の方に並ぶのは「自殺会議」のフェアだ。くまざわ書店小金井北口店でも展開されていたが、これは末井昭さんの「自殺会議」観光を記念して、生き抜くための参考書18冊を、末井さん自身が選んだものだ。
「これは結構売れています。こういう本を必要としている人は確かにいるんですね。とくに夏休み明けはこういうことを考える人も多いかもしれない、と心配なので、ちょっと長くなりますが9月上旬までここに飾っておこうと思うんですよ」
そういうことを考えてくれる本屋はいい本屋だ。以前、ある本屋で「本屋に来るお客さんの中には、悩み事があって、その解決方法を探しにくる人が少なからずいる」
と、聞いたことがある。
確かに、私も読みたい小説を探すだけでなく、悩みごとの解決のヒントを与えてくれるような本を、漠然と探していることも多い。私の場合は、健康のことや子育てのことだったりするが、毎日がつらい、生きていくのがしんどい、と思っているような人は、このコーナーの本が確実に響くだろう。
そして、そのフェアコーナーの右端には、いま話題の愛知トリエンナーレの表現の不自由展についてコメントが書かれたボードもあった。A3くらいのスペースでは足りずに、もう一枚紙を追加して書かれている。「いつもは、『#最近志津で売れた本』ということで、前の週に売れた本とその解説が書かれているんですけど、今回は大きな事件があったので、書かずにはいられなかったんでしょうね」
と、日野店長は言う。ちなみに、その掲示板にコメントを書いているのは関口さん。文芸書のあちこちに書かれた熱いPOPも関口さんの仕事だ。
「彼は宇宙人ですね。従来のスタイルにとらわれない。何かを改革するのは、彼のような人だと思いますよ」
と、賞賛する。確かに海外文芸などこの規模の店としては充実しており、関口さんの活力が随所に生きているのを感じる。
「『たかがマンガ』と大人になると思ってしまいがちだけど、ぜんぜんそんなことなかったです。大人になったからこそわかる大切なこと。子どものうちに知っておけばよかったと思うこと。たくさんありました。今からでも遅くないです」とでかでかと書かれたPOPが廊下からも目立つところに置かれていたり、「志津にお住まいの奥様方へ、健康診断のお知らせです」というタイトルでチェックリストをいくつか設け、処方箋として森美樹「主婦病」や山内マリコ「パリ行ったことないの」に誘導する。本屋lighthouseで感じた新しさが随所に垣間見える。
しかし、スタッフの力量を十分に発揮させられるかどうかは、やはり店長の力量次第だ。店長がそれを良しとしなければ、スタッフのやる気もつぶしてしまうこともある。
その日野さん自身も、あとで書くように「ときわ志津佐倉文庫」をはじめ、いろいろ取組をしている。だが、日野さんによれば、いろいろ仕掛けをするようになったのは、ここ3年ほどのことだと言う。
日野さんは、もともとは本好きではなかった。たまたま学生時代に短期留学したアメリカのワシントンで知り合った方に、シルヴァスタインの「おおきな木」という本を教えられた。それで「本っていいな」と思い、帰国して本屋でアルバイトを始めた。その後、目指していた公務員試験に落ち、当時の店長に誘われるままときわ書房に入社した。
そんな成り行きで書店員になったので、しばらくは淡々と仕事をしていた。しかし3年ほど前、この店に赴任してきて2年目に入った頃、将来に不安を覚えるようになったという。
「この国がどんどん悪くなっているような気がして、自分が本屋をやっている理由とか、ここ(志津)にいる意味を考えるようになったんです」
そうして、ただ悩むだけでなく、日野さんはその答えを探すためにほかの本屋を見て回ったのだ。首都圏はもちろん神戸や京都、大阪にも精力的に足を伸ばした。
「こういうことをやってもいいんだとか、こういう品揃えがあるんだとか、うちにない本がいっぱいあるとか、いろいろ目が開かれる想いでした」
ツイッターをはじめ、ほかの書店員たちとの交流も始めた。そこでまたほかの書店員たちの取り組みを知って、刺激を受けた。
そして、彼らにならって本の置き方を変えてみたり、独自のフェアを開催したり、トランスビューを通じてそれまで置かなかった専門書なども置くようになった。本の売り場に、自分の問題意識を反映させたのである。とくに人文社会系やノンフィクションの棚については「社会を考える時のヒントになるような本が多いので」力を入れている。「薔薇マークキャンペーン」すなわち「人々の生活を良くするための経済政策こそ最優先」と銘打った経済書のフェアが大きく展開されていたし、ちょうどノミネートが発表された「本屋大賞ノンフィクション本大賞」のノミネート作も、もちろん並んでいた。
また、ツイッターを通じて地元の人、作家や版元の人と縁ができ、それが独自の展開やフェアに繋がって行く。「歩いてみよう志津」という本を大きく仕掛け、その著者の宮武孝吉さんの詩集や、版元の大空社出版の本を大きく展開する。そして、
「(志津のある)佐倉市で一箱古本市をやることになり、その誘いを受けて、個人で参加しました」
そこから、佐倉という土地柄、本や文化を盛り上げて行こうという気運があることを知った。それで初めて佐倉という土地に愛着がわいたという。
そうして始めたのが「ときわ志津佐倉文庫」だ。佐倉ゆかりの人たちが夏にお薦めしたい本を選び、コメントつきで紹介する、というもの。選書するのは、お店のスタッフはもちろん同じビルで働く人、版元関係者、図書館司書、学校関係者などさまざま。
この店独自の夏の文庫フェアだ。こうした手間の掛かる取り組みをやっている書店は全国でも珍しい。地元の人と結びつこうという姿勢も素晴らしい。これは地元だけでなく、業界全体の注目を浴びることとなった。残念ながら今年は事情があってお休みしているが、2年に一度でもいいから、復活してほしい試みだ。
こうした精力的な活動でこの店は多くの人に知られるようになったが、年々本屋を取り巻く状況は厳しくなっている。だから、日野さんのやってるような手間の掛かることをするより、もっと売れ筋だけ並べればいい、という意見もあるという。
「だけど、それは志津の人たちをバカにしていないか?と思うんです」
売れ筋だけ並べるというのは、この地域の人たちはこの程度の知的レベルだと決めつけるのに等しい。
「西荻窪の今野書店の社長さんがおっしゃっていたのですが、『地元のお客さまを信じること』が大事だと思うんです」
この程度と決めつけず、いろんな方向性の本を受け入れてくださる度量がある、と信じなければ、いろんなフェアでお客さまを刺激する意味がない。
もちろん売れ筋は大事だ。多くのお客さまが求める本は、書店にとっても置くべき大事な本である。
だけど、それだけでは全国どの本屋でも同じものになる。その土地その土地で売れる本はあるし、それを探り、そのニーズを掘り起こすのも本屋の役割だろう。それが本屋の個性にもなるし、「行ってみたい」と思わせるきっかけにもなる。
「でも、現実にはなかかな思うようにいかない。本屋をつぶすわけにはいきませんから」
と、日野さんは言う。手間をかければそれだけ現場の負担も増える。業界を取り巻く状況は厳しく、人件費はどんどん減っているし、在庫を減らさなければならない、というプレッシャーもある。
その中で何ができるか、どこまで頑張れるか。
手探りの戦いは続いている。 (2019年8月9日訪問)
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