No.139本屋lighthouse
幕張本郷駅から徒歩15分、この5月1日に開店したばかりの、若い書店員が手作りした本屋、と話題になっているお店に行ってきました。
目的の場所は、ごくふつうの住宅街に溶け込むように建っている小さな白い小屋。店主の祖父の農地の中に建てたと聞いていたが、細長い庭くらいの広さで、手前に小屋が建っている。畑はその裏手にあるので、道路の方からは見えない。
壁は引っ越しの時、養生のために壁に張るプラスチック。そこに似顔絵のようなものがいくつか。これは、近所の子どもに落書きしてもらったものだそうだ。いっぱいになったら、また張り替えるという。また、ここの庭で採れた野菜の人気投票である野菜選手権募集の貼り紙も。なるほど、こうして近所の子どもを巻き込む工夫をしているんだな、と感心する。
小屋の中に入ってみる。
広さは建築物としての許可を取らなくていい10平米という小ぶりなサイズなので、5人も入ったらいっぱいになる。そして暑い。この日は35℃を超える猛暑で、しかも時間は午後3時頃。外は緑が多く、風も通るので意外と気持ちいいのだが、中はとにかく暑い。
だが、入った瞬間、ぱっと目に入って来たのは、「メタモルフォーゼの縁側」「どうせカラダが目当てでしょ」「夏物語」「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」「差別はいけないとみんないうけれど。」「三体」といった話題の本の表紙。それを見ただけで、ここはただものではない、と思う。通販でも人気のこだまさんZIN「寝ないと病気になる」も目立つところにある。
だが、エッジの効いた本だけでなく、ナンバーのイチロー特集や花とゆめ、「子供はわかってあげない」「スキップとローファー」「うたかたダイアログ」などのコミックも目に飛び込んでくる。すのこに小さな棚をつけた手作りの什器も素敵だし、それ以外のスペースも、ぎちぎちに本棚を並べてはいない。小ぶりのユーズドの本棚やカラーボックスを組み合わせ、面陳と棚差しをほどよく配分するセンスもいい。
「ここ好き」と、直感的に思う。そう、とっておきの本ばかり集めた秘密基地をみつけたような感覚だ。
たちまちテンションが上がり、暑さも忘れて本棚に見入ってしまう。
無造作に本が並べてあるようで、実はざっくりとセクションごとにわかれている。最初に目についた面陳棚は新しく仕入れたもの。その右手は古本の入ったカラーボックス、そしてしおりやブックカバーなどのグッズもある。
左手前は、文芸・コミックなどのいわゆるフィクション系。その奥は人文科学、実用書。その上に一段だけ作りつけられた棚は、店名の灯台にちなんだ本が置かれたコーナーだ。
右手奥は児童書のコーナー。新刊だけでなく、近所の子供たちが遊びに来た時にみられるように、閲覧専用の古本も引き出しに入れてある。その前には小さな椅子もあるから、子供たちの格好のたまり場になりそうだ。
そして、小屋の真ん中の小さなタワーと右手前の引き出しの中は数か月ごとに入れ替えるテーマにちなんだ本。いわゆるフェア台だ。3ヵ月周期でテーマが変わる。現在のタワーのテーマは「自由研究」。「人間をお休みしてヤギになってみた結果」とか「鹿男あをによし」とか「読む科学事典」とか。
引き出しの方は六つあるが、一つづつテーマを変えている。たとえば、ある棚は「知的好奇心」と銘打って「はじめアルゴリズム」「人間はなぜ歌うのか?」「全ロック史」「雨の科学」などの本が並ぶ。ほかのテーマは「愛のカタチもいろいろ」とか「現実がフィクションの追いついた時代」とか。開けてみないと何かわからない。それがわくわくする。
この仕掛けは、関口さんが以前六本木の文喫の雑誌棚を見て、「扉を開ける」という動作がひとつあるだけで、本を選ぶ感覚が違う、と思ったこと。小さな本屋だから、本の数でなく見せ方で飽きさせないようにしたい、と思って考えたことだ。なるほど、つい引き出しを開けて確認したくなる。関口さんの試みは成功している。
そして、嬉しいのは書店員有志が選ぶ「ナツヨム」フェアの本が、フェア帯つきでほぼ全点展開(売り切れたものもある)していること。私はこの第一回で一位になったことがあるので、このフェアは他人事とは思えない。まさか、ここでもナツヨムを開催しているとは思わなかったので、嬉しい不意打ちだった。
手作り感あふれる外観から、古本を集めた趣味的な店を想像してしまうが、ここは立派な新刊書店だ(販売用の古本も置いてあるが、レジ前のカラーボックスひとつ分だけ。全体の一割にも満たない)。仕入れ先は八木書店やトランスビューの取次代行、直販などを利用。小さいながらもしっかりした品揃えであるのはそのため。趣味や道楽ではない。ぴかぴかの、時代を切り裂くような本が並んでいる。
店主の関口竜平さんは、まだ26歳。ときわ書房志津ステーション店と人形町の出版社トランスビュー(取次代行も兼ねる)のバイトを掛け持ちしている。ここはだから、その合間をぬった金曜日と土曜日のみ開いている週末書店なのだ。
書店員が自分で本屋をオープンするのは、ある程度キャリアを積んで、その仕事に飽きたらなくなって自分で店を開くというケースが多いと思っていた。荻窪の本屋titleや駒込のBOOKS青いカバなどはそうだ。
しかし、関口さんは違う。もともと大学院で英米文学を専攻、とくにジョージ・オーウェルが好きで、ディストピア文学の研究をしていた。その当時から、本が好きで将来は本屋を開きたい、と思っていたそうなのだ。院を卒業後は、その夢の実現のための足掛かりになるだろう、と取次会社に就職するが、畑違いの関連会社に配属されたため、2ヶ月で退社。そして、バイトをしながら、本屋を作ることにする。まず、本屋開業ありきなのだ。
現在の場所に決めたのは、自宅から自転車で15分ほどのところに祖父の土地があったから。本屋でいちばん経費の掛かる家賃が、ここならただになるから。建物も自力で一から建てることにした。そして、その過程をブログで公開して話題になり、完成前から「本の雑誌」などで取り上げられる。私が訪ねた日も、「本の雑誌」がオープン後の様子を取材に来ていた。また、もう一件取材が入っており、業界的にはなかなかの注目度だ。
なので、開店当初はやはり業界関係者の来店が主流。最近では地元の人も増えてきた。ここは近所に子守神社という大きな神社があり、散歩コースにもなっている。それで散歩のついでに気になったから覗いてみたという人や、ツイッターなどで知って、2,3駅離れたところから来たという人も。
金曜日は10時から16時、土曜日は10時から18時まで開けていても、訪れる客は1日2~3組(毎日のように遊びに来る子供もいるが、それは例外)。だが、客単価は高い。8日間店を開けて、7~8万が月の売り上げ目標である(それ以外にHPを使った通販でも収入がある)。その売り上げを次の月の仕入れに回しているので、赤字にはならない、という。バイト代などは生活費その他に充てることができる。
仕入れる本の基準は「自分が読みたい本」もしくは「誰かが読みたいだろうと思う本」。バイト先の新刊書店での選書よりも範囲を狭め、ここを気に入ってくれる人が気に入ればいい、と思っている。それに近所にあるくまざわ書店とバッティングしないラインナップ、ということも考えている。
共栄共存。
ふつうの本屋がちゃんとあるから、こういう店も存在できるのだ、というのが関口さんの考えだ。
イベントなども、いずれはもっと積極的に取り組みたいという。すでにヴァージニア・ウルフについての同人誌「かわいいウルフ」の読書会を定員7名で開催した。場所も小さいので、これくらいの規模がふさわしい。そして、いずれ大みそかやお祭りの時期は、前の道が神社に行く人で賑わうので、夜の営業をすることも考えている。
そうして知名度を高め、30歳までにフルタイムで営業する本屋を開くことが関口さんの目標だ。
それまでバイトを二つ掛け持ちし、それ以外の日はこの本屋で働く。
その熱意と軽やかさに驚く。我々世代なら、まずちゃんと本業でキャリアを積んでとか、そんな道楽のような商売がほんとに成り立つのか、みたいな観念でがんじがらめになって、なかなか踏み出せないのだが、関口さんの場合は恐れず足を踏み出した。
それも、やみくもにやるのではなく、ちゃんと戦略を立て、SNSで発信し、バイトにしても自分の本屋にプラスになるようなものを選んでいる。
新しい世代だな、と思う。
とかく最近では出版書店関係では暗い話が多い。これからの先行きを嘆く声も多い。
だが、嘆いてばかりいて、何も行動していない人も多いのではないか。
自分はどうなのか。
そんなことを考えさせられる関口さんとの出会いだった。
うちからはとても遠いし、暑くて行くのはしんどかったけど、それだけの甲斐のある店だった。
これからこの店はどう進化していくのだろう。
機会があれば、その後のこの店を見るために、また来たいと思う。
(2019年8月9日訪問)
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