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2019年8月

No.141.山下書店大塚店

山手線大塚駅北口を降りてすぐの場所にこの店はある。24時間営業、コンビニエンスな本屋だ。

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入口のところにはガチャポンや印鑑のケースが見える。入口入ってすぐのところにレジがあるが、レジ前にはガーゼのハンカチ、その手前の柱の周囲にはポテトチップなどのお菓子、そしてアイスクリームのボックスもある。レジ奥の一面は文房具売り場だ。
80坪の店の入り口近く10坪ほどは、本以外の品々であふれている。そこだけ見ていると、お洒落な雑貨屋か何かに迷い込んだようだ。
左手の本売場に続くところにTシャツが。絵柄はボネガット。早川書房の出したオリジナルTシャツだ。ここに至って、本屋としての片鱗が現れる。そこから奥は女性誌売り場、そして実用書、一般書、文芸書と続き、一番奥に文庫やコミック売り場が現れる。いつもの、すっきりした山下書店だ。
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かつては遊興地として栄えた大塚の地域柄、やはり男性客が多い、と店長の出沖慶太さん。それも40代~60代の男性が多い。なので文庫の平台も、「不信の鎖」「危険なビーナス」「ブラッドライン」「炎の放浪者」それに時代小説など、男性客が好みそうなラインナップを目立つところに置いているし、ビジネス書の棚も充実している。実は、コミックの棚もなかなかのものだが、学生が少ないため、売れるのは年齢層が高いものが多いらしい。
特徴的なのは、裏社会的な本、任侠系がよく売れるということ。

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「上野の明正堂や浅草のリブロの売れ方と似ていると思います。下町気質というか、青山のような上品な地域とは全然違いますね」
しかも、どういうネットワークか、それを好む方々は情報をキャッチするのも早い。強面の方が発売日当日に来店されて、
「『稼業』はどこにあるの?」
と、尋ねられたりする。なので、通路脇のちょうど目線の高さのところに、そういったノンフィクション関係を置いている。
そこから、中高年男性に人気の高い「日本国紀」関係などの置かれたコーナー。それに続いて人文科学関係の棚がある。出沖さんがことさら強調された訳ではないが、ここは必見だと思った。
宮下常一や柳田邦夫のインデックスがついている! この規模の店で見るとは思わなかったので、テンションが上がる。そして、平台には「奉納百景」や「月と蛇と縄文人」などの本が手書きPOPつきで目立たせてある。ほかの店では平で置かれているのをあまり見ない本だ。あきらかに、この辺りは書店の主張がある。

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「この棚の担当は?」
と尋ねると、やはり出沖さん自身とのこと。
「売り場の8割くらいはしっかり売れ筋を置きますが、あとの2割くらいは好きなものを置ければ、と思っています。ネットショップで何か本を検索すると、関連本がずらっと出てくるでしょ? そういうリストに出て来ない本を紹介したい。そういう本と出会える、それが、リアル書店のよさだと思うんです」
なるほど、その2割の多くはこの棚に割かれているとみた。
「民俗学の本が多いのは、大学時代に勉強されたのですか?」
と、聞いてみる。あきらかに、民俗学系が好きな人が作った棚だと思ったからだ。
「いえ、民俗学に興味を持ったのは書店員になってから。この本を読んだからなんです」
と、売り場の平台にあった文庫を取り上げる。上原善広著「日本の路地を旅する」。
大宅壮一ノンフィクション賞を取った本なので、私も名前くらいは知っている。路地という言葉が示すように、被差別民の痕跡を辿ったノンフィクションだ。

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「もちろん、エタとか非人という存在は知っていました。でも、それが現代も続いている問題だと意識していなくて、これを読んだ時は衝撃を受けました」
そこから興味を持ち、民俗学関係の本をいろいろ並べている。
平積みになっている「奉納百景」については、
「この版元の駒草出版は、面白い本を出すんですよね。とくに、編集者の杉山茂勲さんが作った本は面白い。私、ファンなんです」
編集者の名前を知ってるというのは、個人的に会ったことがあるんだろうか?
「いえ、営業の人に聞いたんです。杉山はぶっ飛んでいるって」
奥付を見ると、駒草出版の本には担当編集者の名前も書かれている。確かに、ノンフィクション系の本は、題材の選び方も切り口も担当編集者に依るところが大きいので、編集者の個性が出やすい。だけど、そんな風にチェックしてくれる読者がいるというのは驚きだ。自分が編集者だったからわかるが、編集者はあくまで黒子で、表に出ることはよしとされない。読者に気づかれることもほとんどない。だから、杉山さん本人が知っていたら喜ぶだろうと思うが、まだ気づかれてはいないらしい。
そして、そんな風に、一冊の本がその人の興味を広げ、仕事にも影響を与えるというのはとても素敵だ。

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そのきっかけになった「日本の路地を旅する」は、だからこの店では常に平積みになっているが、その横には同じ著者の話題作である「被差別の食卓」や「被差別のグルメ」なども並べてある。
これについても、出沖さんが内容を語ってくれた。曰く、ケンタッキー・フライド・チキンは、元々は黒人奴隷の食べ物から始まった。つまり、白人が食べない手羽先や首などを美味しく食べられるようにするために長時間揚げた、というところから始まっている、ソウル・ミュージックと同様ソウル・フードとは差別された黒人の食を言う……というところから始まって、被差別身特有の食が書かれた本だという。
そんな話を聞くのはとても面白い。さすが書店員だ。本の良さを語らせたら、説得力が違う。
結局、私も「日本の路地を旅する」と「被差別の食卓」を購入することにした。そういう想いで置かれた本だと知ったら、買わないわけにはいかない。
加えて、アイスクリームを買おうかどうかと迷う。本屋でアイスを売ってるのを見たのは初めてだし、話のタネになる。しかし、食べる場所がないし、どうしよう。キャビア味のポテトチップも捨てがたい。だが、カロリー高いしな、などと考えて、結局ハンカチを買うにとどめたけど。可愛いグッズも多いし、本だけでなく、そちらを見るのも楽しい。

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この店を紹介してくださったのは、あおい書店春日店の並木さん。
「並木さんは、本の力だけで売り上げを伸ばすべきと考えていて、僕とはそこで意見が異なるんです」
5年後10年後、本はますます売り上げが落ちるだろう。そうなった時、どうやって生き残るか、それをいまから考えて実行すべきだ、というのが出沖さんの考えだ。実際、店頭に置かれているお菓子やグッズなども、ほかではあまり置いてないもの、ちょっとお洒落なものを選んでいることがわかる。本目当てでなくても、そうしたものを買うためだけに、この店を訪れる人がいてもいいのだ。


「ほかの小売でも、たとえばドン・キホーテのように、とにかくいろんなものを並べてその中から選択する、というタイプの店の方が、すっきりした内装で観葉植物を置いているようなお洒落な店より、売り上げを伸ばしているんです。書店も、そういう店の方がいいんじゃないか、と思うんです」
それは、大塚という土地柄、24時間営業という業態を考えたうえでの出沖さんの選択なのだろう。そして春日という、都内きっての文京地区にあるあおい書店では、また別の選択がある。
それぞれの書店が、それぞれの場所での正解を探して戦っている。
それはとても頼もしい。
生き残ること、それがいちばん大事なことだから。(2019年8月13日訪問)


 

 

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No.140.ときわ書房志津ステーションビル店

この店を紹介してくださったのは、静岡のイベントで知り合った元書店員の方。ときわ書店志津ステーション店の日野剛広店長は、いろいろ面白い仕掛けをしたり、あちこち書店を訪問したり、SNSでもさかんに発信されているとのこと。元書店員の方に「ちょっと遠いですけど、いいお店ですからぜひ行ってみてください」と言われたら、行かないわけにはいかない。幸い、隆文堂の元書店員Uさんもこちらの店を前から見たかった、とおっしゃるので、同行してくださることに。道連れがいれば遠距離も苦にならない。旅は道連れ、です。そして、実は前回の本屋lighthouseは、ほかならぬこちらの日野店長のご紹介。ときわ書房では日野店長の部下にあたる関口竜平さんの、もうひとつの仕事を教えてくださったのだ。その日、本屋lighthouseで我々は閉店まで粘り、その後ときわ書房へ通勤する関口さんに、我々も同行した。

こちらの店、京成本線志津駅に隣接するビルの中にある。京成本線の改札を出てそのまま歩くと本屋に出るが、ビルの中では3階にあたる。1階はパチンコ屋、そして、同じフロアには生鮮食品などを売るスーパーや千葉の名産品を扱う店などもある。外から見ると、本屋が入っているようには見えないビルだ。

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だが、ぱっと本屋のフロアを見れば、気合が入っている本屋であることがすぐわかる。
お客さまが見やすいように、細かくインデックスで仕切られた実用書コーナー。まるまる一冊試し読みできるコミックが集められたコミック売り場のワゴン、さまざまなPOPが並ぶ文芸売り場。地元紹介本も、廊下に面したところに目立つように置かれている。

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廊下との仕切りの壁を使ったフェアコーナーもいい。展示されていたのは「ビールの本集めました。」加えて「ちょっとカレーも……」。夏らしいお酒とカレーの本という親しみやすいフェアだが、左端の方に並ぶのは「自殺会議」のフェアだ。くまざわ書店小金井北口店でも展開されていたが、これは末井昭さんの「自殺会議」観光を記念して、生き抜くための参考書18冊を、末井さん自身が選んだものだ。

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「これは結構売れています。こういう本を必要としている人は確かにいるんですね。とくに夏休み明けはこういうことを考える人も多いかもしれない、と心配なので、ちょっと長くなりますが9月上旬までここに飾っておこうと思うんですよ」
そういうことを考えてくれる本屋はいい本屋だ。以前、ある本屋で「本屋に来るお客さんの中には、悩み事があって、その解決方法を探しにくる人が少なからずいる」
と、聞いたことがある。
確かに、私も読みたい小説を探すだけでなく、悩みごとの解決のヒントを与えてくれるような本を、漠然と探していることも多い。私の場合は、健康のことや子育てのことだったりするが、毎日がつらい、生きていくのがしんどい、と思っているような人は、このコーナーの本が確実に響くだろう。
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そして、そのフェアコーナーの右端には、いま話題の愛知トリエンナーレの表現の不自由展についてコメントが書かれたボードもあった。A3くらいのスペースでは足りずに、もう一枚紙を追加して書かれている。「いつもは、『#最近志津で売れた本』ということで、前の週に売れた本とその解説が書かれているんですけど、今回は大きな事件があったので、書かずにはいられなかったんでしょうね」
と、日野店長は言う。ちなみに、その掲示板にコメントを書いているのは関口さん。文芸書のあちこちに書かれた熱いPOPも関口さんの仕事だ。
「彼は宇宙人ですね。従来のスタイルにとらわれない。何かを改革するのは、彼のような人だと思いますよ」
と、賞賛する。確かに海外文芸などこの規模の店としては充実しており、関口さんの活力が随所に生きているのを感じる。
「『たかがマンガ』と大人になると思ってしまいがちだけど、ぜんぜんそんなことなかったです。大人になったからこそわかる大切なこと。子どものうちに知っておけばよかったと思うこと。たくさんありました。今からでも遅くないです」とでかでかと書かれたPOPが廊下からも目立つところに置かれていたり、「志津にお住まいの奥様方へ、健康診断のお知らせです」というタイトルでチェックリストをいくつか設け、処方箋として森美樹「主婦病」や山内マリコ「パリ行ったことないの」に誘導する。本屋lighthouseで感じた新しさが随所に垣間見える。
しかし、スタッフの力量を十分に発揮させられるかどうかは、やはり店長の力量次第だ。店長がそれを良しとしなければ、スタッフのやる気もつぶしてしまうこともある。
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その日野さん自身も、あとで書くように「ときわ志津佐倉文庫」をはじめ、いろいろ取組をしている。だが、日野さんによれば、いろいろ仕掛けをするようになったのは、ここ3年ほどのことだと言う。
日野さんは、もともとは本好きではなかった。たまたま学生時代に短期留学したアメリカのワシントンで知り合った方に、シルヴァスタインの「おおきな木」という本を教えられた。それで「本っていいな」と思い、帰国して本屋でアルバイトを始めた。その後、目指していた公務員試験に落ち、当時の店長に誘われるままときわ書房に入社した。
そんな成り行きで書店員になったので、しばらくは淡々と仕事をしていた。しかし3年ほど前、この店に赴任してきて2年目に入った頃、将来に不安を覚えるようになったという。
「この国がどんどん悪くなっているような気がして、自分が本屋をやっている理由とか、ここ(志津)にいる意味を考えるようになったんです」
そうして、ただ悩むだけでなく、日野さんはその答えを探すためにほかの本屋を見て回ったのだ。首都圏はもちろん神戸や京都、大阪にも精力的に足を伸ばした。
「こういうことをやってもいいんだとか、こういう品揃えがあるんだとか、うちにない本がいっぱいあるとか、いろいろ目が開かれる想いでした」
ツイッターをはじめ、ほかの書店員たちとの交流も始めた。そこでまたほかの書店員たちの取り組みを知って、刺激を受けた。
そして、彼らにならって本の置き方を変えてみたり、独自のフェアを開催したり、トランスビューを通じてそれまで置かなかった専門書なども置くようになった。本の売り場に、自分の問題意識を反映させたのである。とくに人文社会系やノンフィクションの棚については「社会を考える時のヒントになるような本が多いので」力を入れている。「薔薇マークキャンペーン」すなわち「人々の生活を良くするための経済政策こそ最優先」と銘打った経済書のフェアが大きく展開されていたし、ちょうどノミネートが発表された「本屋大賞ノンフィクション本大賞」のノミネート作も、もちろん並んでいた。
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また、ツイッターを通じて地元の人、作家や版元の人と縁ができ、それが独自の展開やフェアに繋がって行く。「歩いてみよう志津」という本を大きく仕掛け、その著者の宮武孝吉さんの詩集や、版元の大空社出版の本を大きく展開する。そして、
「(志津のある)佐倉市で一箱古本市をやることになり、その誘いを受けて、個人で参加しました」
そこから、佐倉という土地柄、本や文化を盛り上げて行こうという気運があることを知った。それで初めて佐倉という土地に愛着がわいたという。

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そうして始めたのが「ときわ志津佐倉文庫」だ。佐倉ゆかりの人たちが夏にお薦めしたい本を選び、コメントつきで紹介する、というもの。選書するのは、お店のスタッフはもちろん同じビルで働く人、版元関係者、図書館司書、学校関係者などさまざま。
この店独自の夏の文庫フェアだ。こうした手間の掛かる取り組みをやっている書店は全国でも珍しい。地元の人と結びつこうという姿勢も素晴らしい。これは地元だけでなく、業界全体の注目を浴びることとなった。残念ながら今年は事情があってお休みしているが、2年に一度でもいいから、復活してほしい試みだ。
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こうした精力的な活動でこの店は多くの人に知られるようになったが、年々本屋を取り巻く状況は厳しくなっている。だから、日野さんのやってるような手間の掛かることをするより、もっと売れ筋だけ並べればいい、という意見もあるという。
「だけど、それは志津の人たちをバカにしていないか?と思うんです」
売れ筋だけ並べるというのは、この地域の人たちはこの程度の知的レベルだと決めつけるのに等しい。
「西荻窪の今野書店の社長さんがおっしゃっていたのですが、『地元のお客さまを信じること』が大事だと思うんです」
この程度と決めつけず、いろんな方向性の本を受け入れてくださる度量がある、と信じなければ、いろんなフェアでお客さまを刺激する意味がない。
もちろん売れ筋は大事だ。多くのお客さまが求める本は、書店にとっても置くべき大事な本である。
だけど、それだけでは全国どの本屋でも同じものになる。その土地その土地で売れる本はあるし、それを探り、そのニーズを掘り起こすのも本屋の役割だろう。それが本屋の個性にもなるし、「行ってみたい」と思わせるきっかけにもなる。
「でも、現実にはなかかな思うようにいかない。本屋をつぶすわけにはいきませんから」
と、日野さんは言う。手間をかければそれだけ現場の負担も増える。業界を取り巻く状況は厳しく、人件費はどんどん減っているし、在庫を減らさなければならない、というプレッシャーもある。
その中で何ができるか、どこまで頑張れるか。
手探りの戦いは続いている。         (2019年8月9日訪問)                        

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No.139本屋lighthouse

幕張本郷駅から徒歩15分、この5月1日に開店したばかりの、若い書店員が手作りした本屋、と話題になっているお店に行ってきました。
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目的の場所は、ごくふつうの住宅街に溶け込むように建っている小さな白い小屋。店主の祖父の農地の中に建てたと聞いていたが、細長い庭くらいの広さで、手前に小屋が建っている。畑はその裏手にあるので、道路の方からは見えない。
壁は引っ越しの時、養生のために壁に張るプラスチック。そこに似顔絵のようなものがいくつか。これは、近所の子どもに落書きしてもらったものだそうだ。いっぱいになったら、また張り替えるという。また、ここの庭で採れた野菜の人気投票である野菜選手権募集の貼り紙も。なるほど、こうして近所の子どもを巻き込む工夫をしているんだな、と感心する。
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小屋の中に入ってみる。
広さは建築物としての許可を取らなくていい10平米という小ぶりなサイズなので、5人も入ったらいっぱいになる。そして暑い。この日は35℃を超える猛暑で、しかも時間は午後3時頃。外は緑が多く、風も通るので意外と気持ちいいのだが、中はとにかく暑い。
だが、入った瞬間、ぱっと目に入って来たのは、「メタモルフォーゼの縁側」「どうせカラダが目当てでしょ」「夏物語」「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」「差別はいけないとみんないうけれど。」「三体」といった話題の本の表紙。それを見ただけで、ここはただものではない、と思う。通販でも人気のこだまさんZIN「寝ないと病気になる」も目立つところにある。
だが、エッジの効いた本だけでなく、ナンバーのイチロー特集や花とゆめ、「子供はわかってあげない」「スキップとローファー」「うたかたダイアログ」などのコミックも目に飛び込んでくる。すのこに小さな棚をつけた手作りの什器も素敵だし、それ以外のスペースも、ぎちぎちに本棚を並べてはいない。小ぶりのユーズドの本棚やカラーボックスを組み合わせ、面陳と棚差しをほどよく配分するセンスもいい。
「ここ好き」と、直感的に思う。そう、とっておきの本ばかり集めた秘密基地をみつけたような感覚だ。
たちまちテンションが上がり、暑さも忘れて本棚に見入ってしまう。
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無造作に本が並べてあるようで、実はざっくりとセクションごとにわかれている。最初に目についた面陳棚は新しく仕入れたもの。その右手は古本の入ったカラーボックス、そしてしおりやブックカバーなどのグッズもある。
左手前は、文芸・コミックなどのいわゆるフィクション系。その奥は人文科学、実用書。その上に一段だけ作りつけられた棚は、店名の灯台にちなんだ本が置かれたコーナーだ。
右手奥は児童書のコーナー。新刊だけでなく、近所の子供たちが遊びに来た時にみられるように、閲覧専用の古本も引き出しに入れてある。その前には小さな椅子もあるから、子供たちの格好のたまり場になりそうだ。

そして、小屋の真ん中の小さなタワーと右手前の引き出しの中は数か月ごとに入れ替えるテーマにちなんだ本。いわゆるフェア台だ。3ヵ月周期でテーマが変わる。現在のタワーのテーマは「自由研究」。「人間をお休みしてヤギになってみた結果」とか「鹿男あをによし」とか「読む科学事典」とか。
引き出しの方は六つあるが、一つづつテーマを変えている。たとえば、ある棚は「知的好奇心」と銘打って「はじめアルゴリズム」「人間はなぜ歌うのか?」「全ロック史」「雨の科学」などの本が並ぶ。ほかのテーマは「愛のカタチもいろいろ」とか「現実がフィクションの追いついた時代」とか。開けてみないと何かわからない。それがわくわくする。
この仕掛けは、関口さんが以前六本木の文喫の雑誌棚を見て、「扉を開ける」という動作がひとつあるだけで、本を選ぶ感覚が違う、と思ったこと。小さな本屋だから、本の数でなく見せ方で飽きさせないようにしたい、と思って考えたことだ。なるほど、つい引き出しを開けて確認したくなる。関口さんの試みは成功している。
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そして、嬉しいのは書店員有志が選ぶ「ナツヨム」フェアの本が、フェア帯つきでほぼ全点展開(売り切れたものもある)していること。私はこの第一回で一位になったことがあるので、このフェアは他人事とは思えない。まさか、ここでもナツヨムを開催しているとは思わなかったので、嬉しい不意打ちだった。

手作り感あふれる外観から、古本を集めた趣味的な店を想像してしまうが、ここは立派な新刊書店だ(販売用の古本も置いてあるが、レジ前のカラーボックスひとつ分だけ。全体の一割にも満たない)。仕入れ先は八木書店やトランスビューの取次代行、直販などを利用。小さいながらもしっかりした品揃えであるのはそのため。趣味や道楽ではない。ぴかぴかの、時代を切り裂くような本が並んでいる。
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店主の関口竜平さんは、まだ26歳。ときわ書房志津ステーション店と人形町の出版社トランスビュー(取次代行も兼ねる)のバイトを掛け持ちしている。ここはだから、その合間をぬった金曜日と土曜日のみ開いている週末書店なのだ。
書店員が自分で本屋をオープンするのは、ある程度キャリアを積んで、その仕事に飽きたらなくなって自分で店を開くというケースが多いと思っていた。荻窪の本屋titleや駒込のBOOKS青いカバなどはそうだ。
しかし、関口さんは違う。もともと大学院で英米文学を専攻、とくにジョージ・オーウェルが好きで、ディストピア文学の研究をしていた。その当時から、本が好きで将来は本屋を開きたい、と思っていたそうなのだ。院を卒業後は、その夢の実現のための足掛かりになるだろう、と取次会社に就職するが、畑違いの関連会社に配属されたため、2ヶ月で退社。そして、バイトをしながら、本屋を作ることにする。まず、本屋開業ありきなのだ。
現在の場所に決めたのは、自宅から自転車で15分ほどのところに祖父の土地があったから。本屋でいちばん経費の掛かる家賃が、ここならただになるから。建物も自力で一から建てることにした。そして、その過程をブログで公開して話題になり、完成前から「本の雑誌」などで取り上げられる。私が訪ねた日も、「本の雑誌」がオープン後の様子を取材に来ていた。また、もう一件取材が入っており、業界的にはなかなかの注目度だ。
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なので、開店当初はやはり業界関係者の来店が主流。最近では地元の人も増えてきた。ここは近所に子守神社という大きな神社があり、散歩コースにもなっている。それで散歩のついでに気になったから覗いてみたという人や、ツイッターなどで知って、2,3駅離れたところから来たという人も。
金曜日は10時から16時、土曜日は10時から18時まで開けていても、訪れる客は1日2~3組(毎日のように遊びに来る子供もいるが、それは例外)。だが、客単価は高い。8日間店を開けて、7~8万が月の売り上げ目標である(それ以外にHPを使った通販でも収入がある)。その売り上げを次の月の仕入れに回しているので、赤字にはならない、という。バイト代などは生活費その他に充てることができる。
仕入れる本の基準は「自分が読みたい本」もしくは「誰かが読みたいだろうと思う本」。バイト先の新刊書店での選書よりも範囲を狭め、ここを気に入ってくれる人が気に入ればいい、と思っている。それに近所にあるくまざわ書店とバッティングしないラインナップ、ということも考えている。
共栄共存。
ふつうの本屋がちゃんとあるから、こういう店も存在できるのだ、というのが関口さんの考えだ。
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イベントなども、いずれはもっと積極的に取り組みたいという。すでにヴァージニア・ウルフについての同人誌「かわいいウルフ」の読書会を定員7名で開催した。場所も小さいので、これくらいの規模がふさわしい。そして、いずれ大みそかやお祭りの時期は、前の道が神社に行く人で賑わうので、夜の営業をすることも考えている。
そうして知名度を高め、30歳までにフルタイムで営業する本屋を開くことが関口さんの目標だ。
それまでバイトを二つ掛け持ちし、それ以外の日はこの本屋で働く。
その熱意と軽やかさに驚く。我々世代なら、まずちゃんと本業でキャリアを積んでとか、そんな道楽のような商売がほんとに成り立つのか、みたいな観念でがんじがらめになって、なかなか踏み出せないのだが、関口さんの場合は恐れず足を踏み出した。
それも、やみくもにやるのではなく、ちゃんと戦略を立て、SNSで発信し、バイトにしても自分の本屋にプラスになるようなものを選んでいる。
新しい世代だな、と思う。
とかく最近では出版書店関係では暗い話が多い。これからの先行きを嘆く声も多い。
だが、嘆いてばかりいて、何も行動していない人も多いのではないか。
自分はどうなのか。
そんなことを考えさせられる関口さんとの出会いだった。
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うちからはとても遠いし、暑くて行くのはしんどかったけど、それだけの甲斐のある店だった。
これからこの店はどう進化していくのだろう。
機会があれば、その後のこの店を見るために、また来たいと思う。

                                                     (2019年8月9日訪問)

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No,138 スーパーブックスあおい書店春日店

文京区の区役所シビックセンターにほど近いところにあるこのお店、ホテルのあるビルの一階にあり、丸いかたちの壁が目を引いて、前々から気になっていたお店。親しい書店員の紹介があって、伺うことができました。
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100坪のお店は奥に長く、坪数以上の広さを感じる。
入口すぐ右手に「おしりたんてい」のワゴン、右手にはビンゴやルービックキューブのワゴン、その奥に文具。
周りは高いビルに囲まれており、一見ビジネス街のように見えるけど、家族向けの展開に見える。
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「ここは、平日はビジネスマンが主軸なんですが、休日は地場の家族連れが多いんですよ」
と、店長の並木さん。
タワーマンションもできて新しい住人も増えているが、昔からこの地に住み続ける人も多い。近くに東大もあり、文字通り文京区の文京区らしい環境のよさから離れられない人も多いのだろう。
だから、この店は書籍が強い。人文とか理工系がよく売れる。
「難しい数学の本が、こっちが引くくらいよく売れるんです」
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たとえば、「東大の入試問題を楽しむ」なんて本が、この規模の店としては異例の40~50冊もの売り上げを出す。東大入試を楽しめるレベルのお客さまがそれだけたくさんいるわけだ。まあ、東大の先生とかその教え子もこの店のお得意さまだから、当然と言えば当然だが。
「それから、語学の本もよく売れますね」
TOEICや英検の本など、奥の学習参考書のコーナーとは別に、手前の、理工系の本の前にわざわざ棚を作っている。
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そういうお客さまだから、文芸なども感度がいい。レジ前の、目立つところに海外文芸も平で置かれている。夏葉社や苦楽堂の本も、すべてではないが入れている。

「お客さまが知的好奇心が強いので、本屋としては手ごたえがある。夢のような環境です。ほかの店からここに来た書店員は、もうここから動きたくないと言うほどです(笑)」

かといって、難しい本ばかり並べられた本屋ではない。入口の「おしりたんてい」のワゴンが示すように、児童書や学習参考書もあるし、コミックもちゃんと置かれている。18禁の本もちゃんとコーナーを区切って並べられている。
「セレクトショップではない、ふつうの本屋、町の本屋でありたいんです」
かゆいところに手が届くというほどではないが、一通りのジャンルが置かれていて、あるものはちゃんとある、そんな本屋。20年くらい前には当たり前に町に存在した本屋が、並木さんは好きだと言う。
「そちらの方が、入りやすいじゃないですか。間口は広く浅くがいいと思うんですよ」
この店は、だからPOPもあまりおかれていない。なるべく本自身の力でお客の手に取ってもらえることが望ましいと思う。
「僕個人としては1種類の本を100冊売るより、100種類の本を一冊づつ売れることの方がいいと思うんです」
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と言っても、仕掛け販売を拒んでいるわけではない。話題になった文庫Xについても、かなり早い時期に仕掛けている。また、平凡社ライブラリーの全点フェアなども、営業の人と相談して独自に企画したりしている。
そして、そういうことをやると、客筋がいいこの店では跳ねるのだ。平凡社ライブラリー全点フェアの売上総点数は、当時ベストセラーだった「騎士団長殺し」の売り上げ点数を超えるほどだったという。
「そういうお客さまの要求にちゃんと応えられているのか、そこが悩ましいです。お客さまは優しい方が多いので、それに甘えてしまっているのではないか、と思うことも多いです」
と、あくまで謙虚な並木さん。しかし、訪れた日は30度を超える猛著の13時過ぎ。ふつうの店ならガラガラだと思うのだが、少なくない数のお客さまが入っていて、熱心に本を探しているのが印象的だった。
一見尖っていない、しかし、実は押えるべきところはちゃんと押えているお店だから、レベルの高いこの文京区で安定した売り上げを上げているのだろう。文京区は便利な場所だからこそ、本屋を選ぶこともできる。気に入らない店はパスすることもできる。ふだん使いにいいこのお店は、しっかり土地に根付いているのだ。

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