No.141.山下書店大塚店
山手線大塚駅北口を降りてすぐの場所にこの店はある。24時間営業、コンビニエンスな本屋だ。
入口のところにはガチャポンや印鑑のケースが見える。入口入ってすぐのところにレジがあるが、レジ前にはガーゼのハンカチ、その手前の柱の周囲にはポテトチップなどのお菓子、そしてアイスクリームのボックスもある。レジ奥の一面は文房具売り場だ。
80坪の店の入り口近く10坪ほどは、本以外の品々であふれている。そこだけ見ていると、お洒落な雑貨屋か何かに迷い込んだようだ。
左手の本売場に続くところにTシャツが。絵柄はボネガット。早川書房の出したオリジナルTシャツだ。ここに至って、本屋としての片鱗が現れる。そこから奥は女性誌売り場、そして実用書、一般書、文芸書と続き、一番奥に文庫やコミック売り場が現れる。いつもの、すっきりした山下書店だ。
かつては遊興地として栄えた大塚の地域柄、やはり男性客が多い、と店長の出沖慶太さん。それも40代~60代の男性が多い。なので文庫の平台も、「不信の鎖」「危険なビーナス」「ブラッドライン」「炎の放浪者」それに時代小説など、男性客が好みそうなラインナップを目立つところに置いているし、ビジネス書の棚も充実している。実は、コミックの棚もなかなかのものだが、学生が少ないため、売れるのは年齢層が高いものが多いらしい。
特徴的なのは、裏社会的な本、任侠系がよく売れるということ。
「上野の明正堂や浅草のリブロの売れ方と似ていると思います。下町気質というか、青山のような上品な地域とは全然違いますね」
しかも、どういうネットワークか、それを好む方々は情報をキャッチするのも早い。強面の方が発売日当日に来店されて、
「『稼業』はどこにあるの?」
と、尋ねられたりする。なので、通路脇のちょうど目線の高さのところに、そういったノンフィクション関係を置いている。
そこから、中高年男性に人気の高い「日本国紀」関係などの置かれたコーナー。それに続いて人文科学関係の棚がある。出沖さんがことさら強調された訳ではないが、ここは必見だと思った。
宮下常一や柳田邦夫のインデックスがついている! この規模の店で見るとは思わなかったので、テンションが上がる。そして、平台には「奉納百景」や「月と蛇と縄文人」などの本が手書きPOPつきで目立たせてある。ほかの店では平で置かれているのをあまり見ない本だ。あきらかに、この辺りは書店の主張がある。
「この棚の担当は?」
と尋ねると、やはり出沖さん自身とのこと。
「売り場の8割くらいはしっかり売れ筋を置きますが、あとの2割くらいは好きなものを置ければ、と思っています。ネットショップで何か本を検索すると、関連本がずらっと出てくるでしょ? そういうリストに出て来ない本を紹介したい。そういう本と出会える、それが、リアル書店のよさだと思うんです」
なるほど、その2割の多くはこの棚に割かれているとみた。
「民俗学の本が多いのは、大学時代に勉強されたのですか?」
と、聞いてみる。あきらかに、民俗学系が好きな人が作った棚だと思ったからだ。
「いえ、民俗学に興味を持ったのは書店員になってから。この本を読んだからなんです」
と、売り場の平台にあった文庫を取り上げる。上原善広著「日本の路地を旅する」。
大宅壮一ノンフィクション賞を取った本なので、私も名前くらいは知っている。路地という言葉が示すように、被差別民の痕跡を辿ったノンフィクションだ。
「もちろん、エタとか非人という存在は知っていました。でも、それが現代も続いている問題だと意識していなくて、これを読んだ時は衝撃を受けました」
そこから興味を持ち、民俗学関係の本をいろいろ並べている。
平積みになっている「奉納百景」については、
「この版元の駒草出版は、面白い本を出すんですよね。とくに、編集者の杉山茂勲さんが作った本は面白い。私、ファンなんです」
編集者の名前を知ってるというのは、個人的に会ったことがあるんだろうか?
「いえ、営業の人に聞いたんです。杉山はぶっ飛んでいるって」
奥付を見ると、駒草出版の本には担当編集者の名前も書かれている。確かに、ノンフィクション系の本は、題材の選び方も切り口も担当編集者に依るところが大きいので、編集者の個性が出やすい。だけど、そんな風にチェックしてくれる読者がいるというのは驚きだ。自分が編集者だったからわかるが、編集者はあくまで黒子で、表に出ることはよしとされない。読者に気づかれることもほとんどない。だから、杉山さん本人が知っていたら喜ぶだろうと思うが、まだ気づかれてはいないらしい。
そして、そんな風に、一冊の本がその人の興味を広げ、仕事にも影響を与えるというのはとても素敵だ。
そのきっかけになった「日本の路地を旅する」は、だからこの店では常に平積みになっているが、その横には同じ著者の話題作である「被差別の食卓」や「被差別のグルメ」なども並べてある。
これについても、出沖さんが内容を語ってくれた。曰く、ケンタッキー・フライド・チキンは、元々は黒人奴隷の食べ物から始まった。つまり、白人が食べない手羽先や首などを美味しく食べられるようにするために長時間揚げた、というところから始まっている、ソウル・ミュージックと同様ソウル・フードとは差別された黒人の食を言う……というところから始まって、被差別身特有の食が書かれた本だという。
そんな話を聞くのはとても面白い。さすが書店員だ。本の良さを語らせたら、説得力が違う。
結局、私も「日本の路地を旅する」と「被差別の食卓」を購入することにした。そういう想いで置かれた本だと知ったら、買わないわけにはいかない。
加えて、アイスクリームを買おうかどうかと迷う。本屋でアイスを売ってるのを見たのは初めてだし、話のタネになる。しかし、食べる場所がないし、どうしよう。キャビア味のポテトチップも捨てがたい。だが、カロリー高いしな、などと考えて、結局ハンカチを買うにとどめたけど。可愛いグッズも多いし、本だけでなく、そちらを見るのも楽しい。
この店を紹介してくださったのは、あおい書店春日店の並木さん。
「並木さんは、本の力だけで売り上げを伸ばすべきと考えていて、僕とはそこで意見が異なるんです」
5年後10年後、本はますます売り上げが落ちるだろう。そうなった時、どうやって生き残るか、それをいまから考えて実行すべきだ、というのが出沖さんの考えだ。実際、店頭に置かれているお菓子やグッズなども、ほかではあまり置いてないもの、ちょっとお洒落なものを選んでいることがわかる。本目当てでなくても、そうしたものを買うためだけに、この店を訪れる人がいてもいいのだ。
「ほかの小売でも、たとえばドン・キホーテのように、とにかくいろんなものを並べてその中から選択する、というタイプの店の方が、すっきりした内装で観葉植物を置いているようなお洒落な店より、売り上げを伸ばしているんです。書店も、そういう店の方がいいんじゃないか、と思うんです」
それは、大塚という土地柄、24時間営業という業態を考えたうえでの出沖さんの選択なのだろう。そして春日という、都内きっての文京地区にあるあおい書店では、また別の選択がある。
それぞれの書店が、それぞれの場所での正解を探して戦っている。
それはとても頼もしい。
生き残ること、それがいちばん大事なことだから。(2019年8月13日訪問)
最近のコメント