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No.136 七五書店再び

さて、前回に引き続き、再登場の七五書店。
なぜ、この店なのか。
実はここ、私が日本でいちばん動向を気にしている本屋だから、にほかならない。
前にも書いたが、うちの実家から近いということもあるし、町の本屋としては、ありえないくらい選書のしっかりした店だからでもある。

前回訪ねた時は、坪数が75坪だったが、現在は店の左側3分の1ほどを改装して自家焙煎の本格的な珈琲店にさまがわりしている。坪数が減った分、入口すぐのところにあった新刊・話題書の島は無くなり、壁際がそれになっている。で、その棚の渋いこと。ふつうなら大きく展開される直木賞受賞本、本屋大賞受賞本もあるし、ルメートルの「監禁面接」なんかもちゃんと置いてあるが、棚刺しで目立つのは、「奇跡の本屋をつくりたい」とか「庄野潤三の本 山の上の家」なんて本。
前にも少し触れたが、この店の単行本や文庫本は取次から黙っていても送り込まれる、というものではなく、一冊一冊熊谷店長が注文をして入れているものだ。しかも、一点につき多くても五冊、ほとんどの本は一冊ずつしか置かれていない。平台でも多くは本を立てて、背だけ見せて(棚差しのように)置かれている。つまり、この坪数としては種類が異常に多いのだ。しかも、200坪300坪の店では置かれないような変わった本が数多く置かれている。
とくに人文哲学社会あたりの本に珍しいものが多い。
「どうやって選書するんですか?」
以前ここを訪れた時、熊谷隆章店長に聞いてみたことがある。すると、
「取次の日販からその日発売される本の新刊情報が出されるんです。それを毎日チェックして、その中で気になったものがあれば版元のHPや書評などをチェックし、よさそうだと思ったら仕入れます」
日本で出版されるのは、書籍だけで一日200点あまり。文庫はまた別だから、どんなものが出ているか内容を把握するだけでも相当時間が掛かるはずだ。
それに要する時間は「毎日2時間くらい」と、熊谷店長はこともなげに言う。
毎日2時間!
ここが町の書店で、都心の店に比べるとお客様の数も限られており、就業時間中に暇をみつけて作業できるから、ということはある。それにしても、毎日2時間ずっと続けるのは並大抵ではない。さらに、点数が多ければ多いほど、本の管理も煩雑になる。店に置ける期限もそれぞればらばらだから、常に在庫に目を配っていなければならない。のアルバイトのスタッフもいるとは言え、熊谷店長の労力は並みではない。

さらに、この店の本の並びの特徴は、版元別ではなく、著者別になっていること。特にコミックに顕著なのだが、力を入れている著者のコミックは出版社も本のサイズが違っても、同じ場所に置く。コミックについてはそんな著者が100人くらいはいる。たとえば萩尾望都であればフラワーコミックの「ポーの一族」から「王妃マルゴ」「なのはな」文庫の「トーマの心臓」「バルバラ異界」といった漫画の主要作品だけでなく、萩尾著の「銀の船と青い海」などの小説やエッセイ、講義録、さらには森博嗣の書いた小説版「トーマの心臓」まで置かれているといった具合だ。
もともと熊谷さんはコミック読みで、書店員としてのスタートもコミック担当から。こうして著者別に並べようと思ったきっかけとなったのは、黒田硫黄という漫画家を売りたい、と思ったからだ。だけど彼の本は刊行点数が少なく、講談社はB6、イーストプレスはA5とサイズはばらばら。ふつうに置けば、別々の棚に入ることになり、刊行点数も少ないことから、棚に埋もれてしまう。フェアにするほどの量ではないが、彼の本は全部置きたい。そして目立たせたい。だったら、版元もサイズも関係なく、同じところにひとまとめにして置けばいい、という逆転の発想から、著者別に並べるこの店のやり方が始まった。それはメジャーどころの作家はもちろんだが、マニアックな作家にこそ力が発揮されている。一度著者別のセレクトした作品は継続して置き続けるから、版元品切れの本もここの棚に残っていたりするのだ。これは、ファンだけでなく、何より著者にとって嬉しいことだと思う。
また、この店には漫画家の色紙も多い。全部で100を超える数の色紙が飾られている。コミック専門店でも大型書店でもない、一介の町の書店でこれだけ漫画家の色紙をそろえている店はまず見当たらない。そういうことから、地元の漫画好きには「漫画に強い店」として認知されているらしい。

著者別の並びはコミックだけではない。小説についても同じだ。ただし、文庫は文庫の棚にまとまっているのだが、出版社別ではなく、著者別になっている。そして、手作りの見出しプレートがついている。ふつうは出版社から配られるものだから人気作家のものが中心だが、この店の場合、地元作家を優遇しているので、ほかにはないプレートも少なくない。
こうした並べ方は、お客には親切だが、管理は面倒だ。新潮文庫なら新潮文庫だけで棚を作った方が圧倒的に楽だ。それを可能にしているのは、50坪ほどの店ということで冊数に限りがあること、そして何より熊谷さん自身が一冊一冊丁寧に選書し、並べているからにほかならない。
また、人気作家で長期シリーズを抱えた作家の本は、この店の規模ですべて置くのは難しい。それで、そのための対策として、松本清張や宮部みゆき、吉村昭、星新一、藤沢周平と言った著者の本のリストを作り、棚差しにしている。これ自体、たいへんな手間の掛かる作業である。それを苦も無くやってのけるところも、熊谷店長ならでは、と言えるだろう。

ところで、この店の楽しいところは、店のあちこちにフェアが仕掛けられていることだ。入ってすぐ正面がいちばん大きなフェア。とっても、平台ひとつ分だが、いまはナツヨムが終わって売り場を縮小したところだが、ナツヨムの今年のテーマが食だったことからそれをいくらか残し、次期朝ドラ「まんぷく」を記念して関連本を追加し、新刊の食の本も加えて、新しい食のフェアを展開したかたちになっている。
正面平台の右半分は、地元も地元、瑞穂区出身の大島真寿美さんの常設コーナー。ここは何年も不動である。そこから奥に掛けて、地元名古屋本を集めている。定番のグルメ本や地域の歴史本、遺跡や古道の本、鉄道、建築の本と、名古屋に関連した本ってこんなにたくさんあるのか、と驚きがある。だが、それだけでなくアナウンサーなど地元有名人のエッセイや、名古屋を舞台にした、あるいは名古屋出身の作家による小説やコミックなどもそろっている。「カフェでカフィを」「文豪アクト」「かりん歩」「サボテンの娘」などなど、名古屋にゆかりのあるコミックもこんなに出ているんですね。ちなみに、拙著で唯一名古屋を舞台にしたスケート小説「銀盤のトレース」も、こちらにおいてもらっている。
レジ台の周辺にも、さくらももこさん追悼コーナー、日本ど真ん中大賞関連の本、戦争もの、沖縄本、憲法関係と五つのミニフェアが同時開催中だ。
戦争ものについてキーになっているのは、暮しの手帖社の「戦争中の暮しの記録」「戦中・戦後の暮らしの記録」と「この世界の片隅に」。ほかに高畑勲の「君が戦争を欲しないならば」、「一九八四年」あたりは定番として、「第八森の子どもたち」「スウィングしなけりゃ意味がない」「ヒトラーのはじめたゲーム」「子羊の頭」など、実にユニークな品揃えだ。だから、決して堅苦しい感じはしない。沖縄本は真藤順丈の「宝島」を核に「琉球・沖縄史」「醜い日本人」「沖縄からの本土爆撃」から「パーフェクトワールド」「接近」など、硬軟取り混ぜた幅広いラインナップ。
そしていま問題の憲法についても、「日本国憲法を口語訳したら」「9条誕生」「総点検日本国憲法の70年」といった憲法そのものについての本から「憲法と世論」「メディアに操作される憲法改正国民投票」といったメディアとの関わりから「昭和天皇の戦争」「昭和天皇伝」など天皇論に繋げている。
こういう硬い本がしっかりレジ前に置かれているところが、この書店の見識の高さを示している。

だが、硬いコーナーだけではない。本屋の随所に楽しさあふれるコーナーが点在する。ペットコーナーの犬猫本は、実用書を並べましたというのではなく、「世界の美しい街の美しい猫」「猫島」「作家の犬」といった写真集から「クロ日記」「犬仕草犬ことば」「柴犬だいふく」「はたらく柴田部長」といったエッセイ、コミック、童話なども取り混ぜた犬猫フェア状態。趣味の棚のところも、妙に将棋本関係が充実している。実は、それぞれかつてこの店で開催した猫ブックフェア、将棋本フェアで集めた本の一部をそのまま残しているのである。なので、フェアでないのにフェアのような楽しさがある。音楽コーナーにしろ映画コーナーにしろ、こんな本あったんだ、という発見がある。
そして、行くたびに、どこかしらそういうコーナーが更新されているのだ。
現在、熊谷店長が力を入れているのは、入口入って左手の人文・社会のコーナー。この辺の本は新刊も多く、したがって良書も多いので、熊谷さんとしても作るのが難しい本だというが、そこにもコーナーを新設中。「弟の夫」「尼のような子」「結婚差別の社会学」「ダウン症をめぐる政治」「ワンオペ育児」「いじめのある世界に生きる君たちへ」……。
この並び、わかるだろうか。生きにくさを抱えている人たちのためのコーナーともいうべき並びだ。熊谷店長の、そうした人たちへのエールみたいなものが、棚の並びから伝わってくる。まだ棚としては完成形ではないそうだが、いい棚になりそうな予感がある。

ところで、訪問したのはちょうど「新潮45」の問題が話題になっていた頃。
「こちらのお店では、どう扱ったのですか?」
と、聞いてみる。結果的に最終号となった巻は、話題になったため完売した、ということだ。なかには扱わないと宣言した書店もあったが、逆に大きく展開した店もあったと聞いている。
「実は、その前の号を読んで、これはちょっと、と思ったので、配本を切ったんです。もともとうちでは定期購読の方はいらっしゃいませんでしたし。なので、問題の号は入りませんでしたから、とくに問題はなかったです」
かいって、こちらの店が右翼系の本をまったく扱わないわけではない。新書の棚には、ネトウヨ本と揶揄された本も置かれている。欲しいお客さんがいるなら置く、本屋としては基本的な姿勢だ。
「だけど、目立つようには置きたくないですね」
そういう理知的なスタンスが、熊谷さんらしい、といえばらしいかもしれない。実はこの店、いわゆるPOPは少ない。言葉で強く誘導するより、棚を見て、お客様に選んでほしい、という、昔ながらの本屋の姿勢を貫いている。その辺は、熊谷店長の尊敬するちくさ正文館のやり方を踏襲しているのかもしれない。
だが、ちくさ正文館がそうであるように、この店の棚は雄弁だ。棚を見ていれば、いろんなことが見えてくる。本に対する関心が深ければ深いほど、そこで感じるものは深いかもしれない。
そして、いついっても、何かしらの発見がある。
そういう本屋は、ありそうでなかなかない。
それが名古屋の、しかも実家の近くにあるという至福。
それが長く続くことを、私は切に願っている。

(2018年9月26日訪問、10月25日アップ)

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