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2013年3月

けやき堂書店(東京都国分寺市)

さて、久しぶりの投稿です。
本屋には相変わらず行っているのですが、最近ではツイッターだのフェイスブックだの、手軽な方に流れたりして。
でも、久しぶりに、こちらで書きたい店が出てきました。
国分寺の、けやき堂書店。
北口徒歩2分、駅前再開発で立ち退くことになり、そのまま閉店することになったそうです。Photo
この店を知っている人は「え、なぜあの店を」と驚かれるだろうと思います。ここ数年は、エロ本専門店のようになっていましたから。ほんの10坪ほどの、活気のない店でしたから。
だけど、私が最初に足を踏み入れた時はそうではなかったのです。

それはもう三十年も前のこと。
駅前のその店は、小さいけれど、妙にマニアックな漫画や同人誌が置いてある店でした。
その頃は、「宇宙戦艦ヤマト」の突然のリバイバルヒットを発端に、空前のアニメブームが巻き起こった頃でした。いまでこそアニメや漫画は日本を代表する文化だ、などと言う人もいますが、当時は「大学生がアニメや漫画を見るのはけしからん」という見方をする人が多数だった時代です。アニメイトもなく、けやき堂のようにマニアックな漫画を置く店は少なかったのです。
それで、つい店主に「面白い本が置いてありますね」などと話しかけたのだろうと思います。もう、三十年前のことですから、記憶は定かではありません。でも、それで、その店主が大学も所属クラブも先輩だ、ということを知ったのでした。
それで、話しが盛り上がり、国分寺に行くとその店を訪れ、いろいろ話し込んだりしたのでした。
でも、大学卒業と同時に国分寺とは縁がなくなり、その店を訪れることはありませんでした。

そして、次に訪ねたのは、六年ほど前のこと。ひょんなことから国分寺の小さな会社に勤めることになり(一年経たずにそこをリストラされましたが)、国分寺界隈をうろうろしている時に、この店がまだ存在するのを見つけたのでした。
その時には、もうエロ漫画が主体の店になっていたと思います。それでも、まだそこにあるのが嬉しくて、思い切って店主に「学生時代、ここに来ていたのですよ」と話しかけ、「ああ、そうですか」なんて言われたものでした。

そうして、三年ほど前にこちらに引っ越してきて、北口に行くたびになんとなくここを気にはしていました。でも、あからさまにエロ雑誌のポスターが貼ってあるこの店に入るのは気が引けました。妙に寂れた雰囲気が、人を寄せ付けない感じもありました。
それで、そのまま寄らないうちに、つい先週、閉められたシャッターの上に「閉店しました。長い間ありがとうございました」という張り紙を見たのです。
場所的に、北口再開発で立ち退きを迫られたのだろうということはわかりました。こんなことなら、挨拶しておけばよかったな、と後悔しました。
そして、昨日、たまたま前を通りかかったところ、シャッターが開いているのを見つけました。
開いているなら、もしかしたら店主がいるかもしれない。
思い切って中に入ると、そこは電気も点いておらず、瓦礫だの本の残骸だの、酷い状態でした。そして、暗い店の奥から、なつかしい顔が出てきました。
「ここは昔、何度か来たことがあるんで、なつかしくて寄ってみたんです」
そう言っても、店主は思い出してはくれませんでした。
「すみません、僕は人の顔を覚えるのが苦手で」
そうして店主は、名前も名乗らない私にいきなり、
「紙の文化はもうおしまいですよ。少なくともうちのような町の本屋はやっていけない」
と、語るのです。
「小説とか漫画はまだいい。だけど、雑誌はもうお終いですね。みんなネットがあれば雑誌はいらないしね。もうちょっと早く業界から足を洗っていれば、こういう状況を知らずにすんだかもしれないけど」
やり場のない怒りとか困惑に溢れた声でした。
「昔、ここは漫画とか同人誌が多かったでしょう。最近ではエロ本とかが主流になっていて、ちょっと近づけなくなってたけど」
私がそう言うと、後ろめたそうに、
「やりたくてやってたわけじゃないですよ。生活しなきゃいけなかったから」
それを責めるつもりもないし、それが悪いとも私は思いません。
「でも、よく持ちこたえたじゃないですか。再開発までずっと続けてこられたわけですから」
そう私が言うと、ようやく店主は笑みを浮かべました。
「40年前にこの店を始めた頃、まだいまみたいに漫画が広がってなくて、僕は漫画が小説や詩や映画にも匹敵するジャンルになる、と言ったら、みんなに笑われたものです」
そういう志でこの店を始めたのだ。だから、ああいう品揃えだったのだ、と30年前のこの店を知ってる私は納得します。
そして、そういう志で始めた店が、こうして無くなってしまうことに胸が痛みます。
「40年、お疲れ様でした」
私が言うと、
「これからは、旅行しますよ。いままでできなかったから」
嬉しそうに店主は微笑んだのでした。

長く続く店というのは、町の風景と同化して、あるのが当たり前になる。そして、それが無くなって初めて、そこが大事な場所だった、と思い知る。
私にとって思い出深い店がまた一軒、なくなりました。
でも、筒然、シャッターを下ろすのではなく、駅前再開発まで持ちこたえてくれてよかったと思う。最後に挨拶が出来てよかったと思う。
さよなら、けやき堂。
町の景色が変わって新しいビルが経っても、忘れないよ。そこにオレンジ色のビニールの屋根の古ぼけた店があったことを。
私にとってのなつかしい国分寺を象徴する店があったことを。

長い間、ありがとう。

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