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2012年5月

本屋がなくなるということ

昨日、ある方から本の王国野並店が、近く閉店になることを教えてもらった。
地下鉄の駅が延長になったことでの打撃を受けていることは伺っていたが、ついに、と胸が塞がる想いである。
本の王国。
私の実家に一番近い本屋である。
このブログでも訪問記を書いたことがあるが、地域の男の子たちの憩いの場になっていた素敵な本屋である。
そこがなくなってしまうことは、本当に寂しい。
あの男の子たちは、これからどこに集まればいいのだろうか。

その街が好きになれるかどうかは、そこに好きな人がいるか、好きな場所(自然)があるか、というだけでなく、そこに好きな店があるか、ということも大事なことだ。私にとっては、よい本屋があるかどうか、というのは、なにより大きな問題である。極端な話、洋服屋や雑貨屋はなくてもいい、いい本屋さえあればいいのだ。
本屋がない街、本屋が寂れている街は寂しい。
本屋というのは、その街の文化基準なのだ。
故郷が、そんな寂しい街になってしまうのは、切ないことである。

幸い、現在住んでいる場所は、そこそこ本屋環境に恵まれている。すぐ近所に小さいが、頑張っている本屋があるし、駅前まで出れば、100坪以上の本屋も何軒かある。日常的には困らないけどーーと、思っていたら、つい先月まで隣駅の駅前にあった本屋がなくなっていることに、昨日気がついた。
間口が狭く、奥行きが広く、真ん中に長い長い雑誌スタンドがあり、右手の壁側はコミック、左手の壁側は文庫という実にわかりやすい、構成の店だった。コミックと雑誌に力を入れてるからには若者向けかと思いきや、置いてある文庫が妙に年寄り向けっぽく、ラノベはなく、時代ものが充実している。有川浩はないのに有吉佐和子が何冊か置いてある、そんな店だった。そこだけ時が止まったような、のんびりした隣町の町並みに、なんともマッチした店だと、いっしょに行った夫と笑いあったものだったが。

本屋の閉店が相次ぐことは知っているが、身近な本屋が立て続けになくなるのは哀しい。
このブログを始めてまだ三年足らずだが、すでになくなった店がある。辞めてしまった書店員さんもいる。それについてコメント欄に書いたものもあるし、あえて何もコメントしてないケースもある。
だけど、このブログから外すつもりはない。
このブログは本屋の紹介というだけでなく、私が出会った店、出会った人の記録だからだ。
出会ったことを忘れたくない。
なくなってしまった店なら、なおのこと。
今は無くなっても、確かにそこにあった。そこに、こういう人がいた。
それはずっと残しておきたい。

拙著「書店ガール」を読んでくださった方なら、その中に一伸堂という本屋が出てくることを知っているだろう。
実はそのお店、私が以前住んでいた場所のすぐ近くに実在した店の名前である。そこが閉店すると知った時、自分でも意外なほどショックを受けた。前住んでいたのは新宿区だったから、本屋環境については今以上に恵まれていた。だから、本が手に入らなくて困るということはなかったが、一伸堂がなくなるということ自体が、衝撃だったのだ。
ただ本を買うだけでなく、立ち寄るたびに馬鹿話をした。私が版元の人間だとわかっていたので(当時は出版社勤務)、小さな本屋の経営がたいへんなこと、私が勤めていた会社の配本が少ないことの愚痴を聞かされたりもした。一方で「書店ガール」の親本が出たときはとても褒めてくださって、推薦コメントをいただいたりもした。ただ好きな店、という以上の関わりのあるお店だった。新宿区という、人と人との絆が薄い場所にあって、そこが唯一馴染みの店だったのだ。そこがなくなることで、その街での自分の居場所のひとつが確実になくなった、と思った。

その時の記憶が、「書店ガール」の加筆の際に、一伸堂という名前を蘇らせたのである。
もうその街にはない。だけど、確実にそこにあった。その名前だけでも、小説にとどめておきたかったのである。

その後、一伸堂のご主人とは一度も会っていない。どこにいるのかも知らない(新宿区にいないことだけは確かだ)。
だけど、何かの拍子に拙著を手に取り、そのことに気づいてくれるかもしれない、私のことを思い出してくれるかもしれない、ということを、実は密かに願っているのだ。

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No.129 啓文堂書店多摩センター店

リアル書店ガール・シリーズ第2弾。Dscn0006
ここ多摩センター店には西ヶ谷由佳さんがいる。彼女と知り合ったのは、吉祥寺書店員の集い「吉っ読(きっちょむ)」のイベントでのこと。わざわざ多摩センターからいらっしゃるなんて熱心な方だな、と思っていた。その後も立川のオリオン書房のイベントでも姿を見掛け、西荻でやった私のイベントにも来てくださりーーと、立て続けにお会いすることになった。
そのひとつとっても、西ヶ谷さんが研究熱心な方だとわかるが、彼女の活躍はそれだけに留まらない。クロネコ通信というフリーペーパーを発信しているし、本屋大賞でも今年の賞のプレゼンターを務めるという具合に、生き生きと仕事をされている。
実は拙著「書店ガール」も啓文堂チェーンでは最初から推してくださるお店が何軒かあるが、それはこの西ヶ谷さんの応援のおかげだ。吉祥寺店や荻窪店の方は「西ヶ谷さんに頼まれてゲラを読んだのが(大きく展開する)きっかけ」とおっしゃっていた。
そんなふうに縁も恩もある西ヶ谷さんのお店、これは足を運ばないわけにはいかないでしょう。で、4月の某日、中央線と京王線を乗り継いで多摩センターへと出掛けていった。

青い看板の啓文堂。都下の人間にはお馴染みのこのチェーン、京王書籍販売株式会社といDscn0008 うのが正式な会社名なんですね。知らなかったよ。つまり鉄道やデパートの京王グループの一員ということで、京王線沿線に店が多いのはそれが理由(最近では中央線にも進出して、荻窪、吉祥寺、なにより私には馴染み深い武蔵小金井にもお店があります)。そして、どこも駅近の一等地にある。
多摩センター店も、京王線多摩センター駅の改札口からほんの数メートルのところだ。
「うちは駅前のお店ですから、通り過ぎる客の足をどうやって止めさせるか、というのが課題なんです」
という西ヶ谷さん。なるほど、駅の改札口から一直線だから、通路替りに店を通るお客もいるだろう。そうしたお客にアピールするように、大きなコーナーや目立つPOPが展開されている。
改札の方からも見えるのは、本屋大賞「舟を編む」と東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(角川Dscn0004 書店)それに「歴史と文化を訪ねて~京王文化探訪 二十年の歩み」(京王電鉄株式会社)「京王電鉄まるごと探見」(キャンブックス)の4つが置かれた島。本屋大賞と東野作品と地元本。いまのこの店のイチオシがひと目でわかる。

この中でも、西ヶ谷さんにとって「舟を編む」は思い入れのある作品だ。発売後、すぐに買って読んだときからすごく気に入って、猛烈なプッシュをした。フリー ペーパーを書いたり、自社のHPで紹介したり、ツイッターでもこの作品のことを広くアピールした。その実績が認められて、今年の本屋大賞の式典で三浦さん に記念品を渡Dscn0007 すという大役を仰せつかることになるのだ。
しかし、この「舟を編む」、いまでこそこんなに派手な展開が出来るくらいたくさん入荷しているが、最初はわ ずか5冊しか入らなかったそうだ。駅前の好立地というものの、ここの規模は260坪と大きくはないし、初版は大部数ではなかったから注文した数を満数入れて もらうことはできなかった。そもそもこちらの店の客層の中心はサラリーマンと学生(大学があるので)、多摩センターの住人の中心である年配Dscn0021 者だ。「舟を編 む」のど真ん中の読者層ではない。
にもかかわらず、こちらでも版元が注目するほどの売れ行きになった。ひとえに、西ヶ谷さんの熱意の成果だ。POPひとつとっても、愛が伝わってくる。
「売ろうという気持ちがあると、違います。『スコーレNo.4』も最初の入荷は2冊とか3冊でしたが、そこから300冊近く売ることができました。POPとか展開とか、気持ちを入れてやると売れるものなんです」
まさにリアル書店ガールの面目躍如、だ。そんな西ヶ谷さんだから、拙著「書店ガール」に共Dscn0015 鳴するところも少なくないらしい。力を入れて売ってくださっている。文庫新刊で目立つところに展開されているし、書店員 POPに、フリーぺーパーもある。著者としたら、どきどきするほど嬉しい展開だ。ありがたいことに拙著は啓文堂の他店でも力を入れてくださっているし、ス ペース的にはここ以上のところもあるが、それでもここ多摩センター店が啓文堂チェーンでは一番の売り上げだ。それは西ヶ谷さんの熱がほかの店より高いから なんじゃないか、と思うのである。
あるいは、ここが仕掛ける本は面白いという信用が、静かに客に浸透しているからなのかもDscn0017 しれない。

ほかにもここの店内で目立つのは「啓文堂書店ビジネス書大賞候補作フェア」のコーナー。啓文堂チェーンでは、文芸書、文庫、雑学文庫、ビジネス書、新書の各ジャンル担当が推薦した本を、候補作としてコーナーを作って各店舗で並べる。そして、その中で一番売り上げが高かったものを、啓文堂〇〇大賞、と銘打って、全店で強くバックアップしていくのだ。越谷オサムさんの「陽だまりの彼女」(新潮文庫)が、いまならどこの啓文堂の文庫売り場でも目に付きますよね。あの黄色い地に女の子のイラストの表紙は、啓文堂のポスターで覚えました。
「陽だまりの彼女」もそうですが、ここの受賞作候補作というのは、ほかの賞での受賞歴がない、ここならではのものもあるから興味深い。ビジネス書については私は正直あまり興味がないのだが、そういう客でも手に取り易いものがちゃんと選ばれいてる。今回のラインナップDscn0011 「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」とか「すっきり!わかりやすい!文章が書ける」とか、タイトルだけでも心惹かれる。それに、「ずっとやりたかったことを、やりなさい」という、私の愛読書のひとつも選ばれていて、ちょっと驚いた。ビジネス書というより自己啓発本で、スピリチュアル的な要素も入っている。こういう本もチョイスに入る幅広さ。おまけに、2001年初版の本なのだ。昔の本の掘り起こしというのも、この賞の目的なのだろう。

ほかにも店内では実用書で「漬物・保存食フェア」をやったり、児童書の「ノンたんいっぱい集めました」フェアをやっていたり(ノンタンについては、5日にノンタンが来店するイベントもある)。この店が広げたいファミリー層のお客を意識しての展開らしい。その一方で、本好きのマニア向け大型本「世界の夢の本屋さん」を、奥の平台でこそっと面陳していたりするこだわりが楽しい。これは間違いなく西ヶ谷さんの仕事だろう。
全体にPOPも多いし、わかりやすい、楽しいお店である。

「たとえば往来堂さんとかちくさ正文館さんのように、POPを立てず、棚の並べだけで見せるというやDscn0013 り方をうらやましいと思うこともあります。うちとは真逆のやり方ですね。だけど、そういう店とはそもそも立地が違いますから、うちで真似はできないです」
なるほど、本好きの西ヶ谷さんなれば、文脈棚に惹かれる気持ちもあるだろう。往来堂やちくさ正文館の棚は業界内でも評価が高いし、書店員の努力と研究の成果だから素晴らしいと思う。しかし、その地域で屈指の文教地区に位置し、規模的にもそれほど大きくない店だから成立することだとも言える。郊外の店でそれを真似することはできない。お客さんが検索に戸惑うし、複数の人間がひとつの棚を管理するようなシステムの店では、維持するのも難しい。
商 売における正解はその店その店で違う。ある店ではOKでも、ほかでは無理なことがある。駅前のこの店だから、やるべきことはほかにある。そして、そのやり方で売り上げが立っていれば、それ が正解なのである。

ところで、西ヶ谷さんは大学時代に生協の書店でアルバイトを始めて以来、ずっと本屋一筋。本屋の仕事の魅力はどこにあるのだろうか。
「自分で売りたい本を自分で考えることができることでしょうか。たとえば版元だったら作るまでが仕事ですけど、本屋は売って重版した、ヒットした。好きになった本を何十万部まで積みDscn0012 上げた、ということが嬉しいんです。いまの時代はツイッターで全国の書店員と繋がりがあるから、みんなでヒットを作る喜びもありますし」
なるほど、版元でも営業マンなら売る楽しみはあるわけだが、必ずしも自分の好きな本を選べるわけではない。仕掛ける本を探す楽しみが持てるのは書店員ならでは、だろう。

そして、これから西ヶ谷さんがやっていきたいこととしては、
「文芸と文庫と両方の担当になったので、これからはジャンルを問わずその両方を組み合わせたことをやっていきたい」
そして、「舟を編む」に続いて目論んでいるのは、
「沢村凜さんを売ろう運動です。日本ファンタジーノベル大賞から出た作家さんなのですが、Dscn0009 角川から『黄金の王 白銀の王』の文庫が出ていて(親本は幻冬舎)、それがとてもいいので、仕掛けて行きたいと思います」
角川からの文庫でブレイク、と言えば飛鳥井千砂さんの「タイニー・タイニー・ハッピー」(もとは小説すばるの連載)が記憶に新しい。沢村さんも、西ヶ谷さんたち書店員ガールの応援でどう広がっていくのか、楽しみである。

ところで、「いつからPOPで仕掛けて本を売ろうということを考え始めたのですか?」と西ヶ谷さんに尋ねたところ、「私が仕事を始めたときには、それが普通のことでしたから」とのお答え。
えっ、と思ったが、西ヶ谷さんは業界歴(アルバイト時代を含めても)十年足らず。実は「白いDscn0010 犬とワルツを」で書店員POPの存在が注目されたのは2001年頃なので、西ヶ谷さんが仕事を始める前である。当然、西ヶ谷さんはそれ以前の時代を知らないのだ。
「白い犬」の”事件”が、ついこの前のことだと思っていた私は、強烈なショックを受けた。
それ以降の世代が、いまの書店業界では中心的に活躍しているんだ。
自分で書いていてなんですが、はじめて「書店ガール」の主人公・理子の気持ちが身に染みました。
ジェネレーション・ギャップって、こういうことなんですね。
なんだか、しみじみしちゃいました。

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No,128 三省堂有楽町店

プロの営業マンであれば、この店は絶対はずせない。P4090560_2
ここ発のヒットも多いし、ここが日本一売った本というのも少なくない。売る力のある本屋なのだ。
私的には、三省堂大宮店にいたブンブンコこと杉山さんもいるし、付き合いのある実業之日本社からも近いので馴染み深い。
にもかかわらず、ここにはなかなか行けなかった。というか、ほんとは何度か行ってるのよ。 有楽町に行くついでに。
だけど、行くたびに客の多さに圧倒される。駅中の店と変わらない。書店員さんも忙しそうだP4090536_2 し、話し掛ける隙がない。こういう店は営業さんのフォローがない限り、顔は出さない方がいい。著者の訪問も頻繁にあるから別にありがたくもないし、下手な時間に訪問するとかえって迷惑がられる。
まあ、120数軒周った経験値が、そう思わせるのよね。何度か痛い目にもあっているし。

それなのに、営業さん抜きで訪ねることができたのは、横浜の出版関係者の集いである「横浜会」で、こちらの文芸担当の新井見枝香さんと知り合ったから。P4090555
「うちのお店にも来てください」
と、その場で言われて、さらにその後、メールでもそうおっしゃってくださった。
これなら大丈夫、社交辞令ではあるまい。そう思って、都下から大都会有楽町へと、いそいそと出掛けたのであった。

ここ、有楽町駅のすぐ前という好立地で、坪数は380坪。この店の知名度と実績から考えるP4090556 と、思ったより大きくはない。だが、スタッフのこだわりが店の隅々まで行き届き、活気あるものにしているので、広さ以上の存在感がある。たとえば一階の文芸のところで大きく展開されている東野圭吾さんの「ナミヤ雑貨店の奇跡」。タワー積み(って言うんでしたっけ?)にされた本の前には、木の牛乳箱と手紙の見本が。もちろん文中に出てくる悩み相談の手紙と、それを投函する牛乳箱を再現したものだ。文中に出てくるものと同じ木箱のものをわざわざ展示している。いまどきなかなか無いよ、こんな牛乳箱。雪印マークつきの本物。よく探してきたな、と思う。
フェア台以外にも、力の入ったPOPがあちこち立っている。文字だけでなく、イラスト入りのものも多い。有川浩さんの「三匹のおっさん」のおっさんとか、コミックの「すみれファンファーレ」のすみれ、とか。字だけのものより目立つし、作品の雰囲気や作り手の作品に対する愛情がほんわかと伝わってくる。とてもいいPOPだと思う。
これらは私を呼んで下さった新井さんの仕事だが、ほかにもこの店には文庫姫こと佐々木貴子さんというイラスト上手もいる。文庫姫は小学館の「STORY  BOX」に記事を連載しているが、それに連動した棚が2階の文庫売り場P4090544_2 ある。記事で紹介した小説を集めてコーナーを作っているのだが、目を引くのは文庫姫自身が描いたという自画像だ。ほんと、うまい。プロ並みだ。このレベルでPOPを作られたら、版元POPの在り方も悩むところだろう。
実際、文芸最大手の版元が現在、書店に送っている某人気作家の拡販パネルは、佐々木さんが作って店に飾っていたパネルをそのままコピーしたもの。パネル自体はもちろん素晴らしいが、版元のやり方には安易すぎる感じがしないでもない。ちゃんと宣伝部もある大手の版元が、自分たちが作るより書店員の作るものの方が素晴らしいと、そんなにあっさり認めてもいいのだろうか。

ともあれ、新井さんと、お昼休み中の佐々木さんにお話を伺う。 P4090557_3
まずは、このお店の特徴は、と聞くと、
「POPとかをがーっとつけていますし、パワフルな店だと思います」
と、佐々木さん。新井さんは、
「フレッシュさを大事にして、常に最先端の本を並べる本屋だと思います。時事ネタとか新し い話題に敏感なお客様が多いので、こちらも常に新しい本にアンテナを張っているようにしています」
なるほど、ここは日本有数の繁華街銀座の窓口でもあり、ビジネスの中心地・丸の内にもほど近い。だからただ多くのお客様が訪れるだけでなく、お客様の求めるもののレベルも高いのだ。だが、そうした店だからこそ、仕掛けたものに対する反応も敏感だ。いままでの仕掛けで印象に残ったものとしては、
「やっぱり飛鳥井千砂さんの『タイニー・タイニー・ハッピー』(角川文庫)ですね」P4090538
と、佐々木さん。作品を読んでイメージを膨らませ、フリーペーパーに登場人物6人のイラストをオリジナルで描いた。それが評判になり、『王様のブランチ』でも取り上げられたことは記憶に新しい。
「『ブランチ』の放映日には、一日で3桁売れました」
本の売れ数も凄いが、フリーペーパーの消化枚数の方それよりが多かったというから、その効果がどれほどのものだったかがよくわかる。
それにしても一日で3桁。ということは、この店に来る客の数は一日何人くらいなんだろう。
来店者の一割も買うわけじゃないから、千人ははるかに超えている。実質何%の人が買ったかわからないが、とにかく恐ろしい数だ。東京って、やっぱり凄い。
 
そんな話はともかく。
ほかに、佐々木さんが印象に残っている仕掛けとしては、
「柴田よしきさんの『小袖日記』(文春文庫)です。初めて仕掛けたものですが、版元からの口コミで全国に広がっていって、すごいな、と思いました」
新井さんが印象に残ったものも、
「相場英雄さんの『震える牛』(小学館)です。話題作ではないものを、初めて大量に取ったものです。これが売れたことは、自信に繋がりました」
初めての成功体験は、やはり印象に残る。そして、それがさらによい仕事をしようという意識に繋がるのだろう。
こちら仕掛け販売だけでない。フリーペーパー「ブンブンコ通信」やツイッターでの活発な発言でも業界関係者には知られている。売るだけでなく、発信力もある書店でもあるのだ。
「ツイッターの力は大きいですね。ほかの書店の方と気軽に交流できたり、情報を交換したりP4090549 できますから。いい本があれば、みんなで盛り上げることもできますし」
と、新井さん。「スコーレNo.4」(光文社文庫)のヒットを引き合いに出すまでもなく、いまやツイッターの効果はあなどれない。今年の本屋大賞の「舟を編む」や二位の「ジェノサイド」にしても、ゲラの段階で「面白い」という評判がツイッター上で立っていたことが売り上げに少なからず貢献しただろうし、拙著「書店ガール」の初速のよさも、ツP4090548 イッターの影響があるだろうと思っている。
そして、この店のスタッフはそのツイッターを楽しんでやっている。活発に発言しているだけでなく、文庫姫やブンブンコがほかの書店員に楽しげに絡んでいるのをよく見掛けるし、有楽町三省堂書店の公式アカウントも、たまに中の人の生の声が出ていて面白い。

そう、楽しんでいる、というのが、彼らの仕事全般に言えることかもしれない。飾りつけにしても、フリーぺーパーにしても、ツイッターにしても、お仕事のレベルを超えたこだわりだし、手の掛け方だ。それを苦に思うのではなく楽しんでいることは、売り場や作った宣材を見ればわかる。そして、その楽しさがお客にも伝わるから、売り上げの数字にも反映するのだろう。でなけりゃ、いくらテレビ効果だと言っても、一日3桁は行かないよ。
そんなふうに、仕事を自分の楽しみにまで高め、成果を上げられる人を私は素晴らしいと思P4090551 う。拙著の「書店ガール」というタイトルは、そういう人たちへのリスペクトを込めてつけたのだが、この店のスタッフは、まさにリアル書店ガールだ。

ただ、小説と違ってこの店のスタッフが生き生きと仕事できる理由は、人間関係の風通しの よさによるところも大きいと思う。新井さんの口から直接、佐々木さんの仕事を褒めるのを聞いたし、ふたりの杉山さんについての口ぶりも温かい。
実は保守的な体質の店では、一部の書店員が脚光を浴びることを好まない。仕事はチームでやるものだし、売り上げ的に は文芸より実用書やコミックの方が高いのだから、文芸の書店員ばかりが脚光を浴びがちな昨今の風潮を苦々しく思う書店員がいることも理解はできる。それが嫉 妬という形で人間関係を歪める場合もないわけじゃないが、この店はそういうP4090554_2 こととは縁遠いのだろう。でなければ、文庫姫棚なんて許されるわけがない。
むしろ、「書店員が前に出ることのメリット」を考えられる大人なスタッフが、彼らの仕事を後ろから支えているのだろう。若い人がその力を存分に発揮できるのは、店長以下中枢部のスタッフのやり方次第だと私は思うのだ。

最後に、これからの目標をふたりに聞いてみた。
「『書店ガール』に出てきた『私に聞いてください』というバッジをつけるのも面白いし、近くの学校と連動したフェアをやるのも面白いと思います。型にはまらない、地元密着のフェアを考えたいです。これからもいっぱい本を読んで、いろんな作品を売り出したい」
優しい新井さんは、著者にも気配りした嬉しいお答え。一方、佐々木さんは、
「密かに思っているのは、1万部越えの作品を作りたいってことです」
一瞬、数字が大きすぎて何のことかわからなかった。
つまり、1アイテムをこの店で累計1万部以上売ってみたい、ということだ。
1万部。
それだけで、小説の単行本の推定8割くらいの初版部数を超えていますぜ。
だけど、あながちそれが非現実的だと言えないのは、過去にこの店はそれを達成しているからだ。
「確か、『思考の整理学』(ちくま文庫)が累計でそれくらい売っていると思います。かなり難しP4090541 いことだと思うけど、私もいつかやってみたい」

いいねえ、この熱さ。それでこそ、リアル書店ガールだ。こういう人たちがいるから、この業界はまだやっていけると思う。話を聞いているだけで、こちらも元気になった。元気は移るのだ。私は足元軽く、スキップしたいような気持ちで店を出た。

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