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2012年2月

No.126 三省堂 新横浜店 (横浜市港北区)

この店を訪ねたのも、人が目的。こちらの山本恭子さんにお会いするためである。
山本さんは実は拙著「ブックストア・ウオーズ」の取材のために、五年ほど前にお会いしている。その「ブックストア・ウオーズ」を「書店ガール」と改題し、PHP文芸文庫から出ることになったので、その挨拶かたがた訪ねることにしたのだ。

五年前にお会いした時、山本さんは神保町の本店にいらした。当時はまだ珍しかった、一種類の本を大きく積むという展開で文芸の売り上げを伸ばしていらした。その時の、楽しそうに仕事を語る姿が強く印象に残っている。元気で、前向きで、まさに「書店ガール」の、若いヒロイン亜紀のような方だった。
だが、五年ぶりにお会いした山本さんは、印象がずいぶん違った。キャリアを重ねて落ち着いた優秀な書店員という印象だ。
この店がオープンしたのは4年前の3月だが、山本さんはその2ヶ月前からこちらに赴任して、活動を始めた。工事現場の状態から店をチェックし、どの棚に何を入れるかといったことから、アルバイトの採用まで関わっているという。そうした経験が、書店員としての山本さんを大きくしたに違いない。いまや、亜紀よりもベテランの理子のイメージに近い。ああ、それが五年という歳月なのだなあ、と思う。
その五年の間に、私の方は多少の進歩はあったのだろうか、というのはさておいて。

こちらの店、ワンフロアで330坪。だが、広い通路が走っているので、その面積以上の広さを感じる(通路は坪数のなかには入らない)。客層については、新幹線の駅が近いので、平日は出張のサラリーマン、休暇や連休前は帰省する家族層がメイン。さらに、近隣の住宅地のニューファミリーもよく訪れる。
「こちらのお店は、本店のようには文芸は売れません。新幹線に持ち込むには単行本は邪魔ですし、主婦層は堅実なので、売れるのは文庫が中心です。ミステリや雑学のものがよく動きます」
なるほど、この店の壁には大きく文庫の売れ筋コーナーが作られている。壁の展示は目立つし、遠くからでも見えるように、単価の高い単行本を展示する方が一般的だ。そこにあえて文庫を展示することで、この店の文庫の力の入れ具合がわかる。
そして、東野圭吾さんとか宮部みゆきさんとか、どこでも売れる文庫がやっぱりここでも売れている。
だが、不思議とこの店だけで売れるロングセラーがあるという。ミステリでは貫井徳朗さんの「愚考録」。恋愛ものでは、山本文緒さんの「恋愛中毒」。後者は角川の文庫フェアで動きがよかったので単独で積んでみたが、2年間コンスタントに週20冊くらいづつ、3年で千冊くらい売れたという。理由はわからないが、この店の客層になぜか合っていたらしい。
それで気をよくして、漢字四文字の不倫小説が出ると並べることにしたら、それも連鎖的に売れる。エッセイだが、宇野千代の「恋愛作法」も「恋愛中毒」の傍に置いたら売れた。

そうしたセレクションは面白い、と思う。自分の好みだけで平にしていたら、自ずと偏りが出る。それよりも、別の要素、言葉遊びだったり、ジャケットの作りだったり、偶然の要素を取り込むことでバラエティを持たせようとする。そうしたなかから、自ずとお客様の好む本が浮かび上がってくることもあるのだ。
「小説の好みということで言えば、本店で文芸担当になった段階で好きな作家の括りというのは崩壊しました。商売なので、いろいろな本を読まなきゃと思うし、偏って買うことはなくなりました。1回読んだらそれ以上、読まなくなるし、すごく嵌るということはほとんどありません。自分の好みでなくても、版元のオススメで面白そうだと思えば素直に仕掛けるし、『もう見飽きたよ』と文句を言われても、売らなきゃいけないものもありますしね」
そうだろう、と思う。私自身は編集者だったが、仕事であるがゆえに好みと違うものを大量に読む。自分自身の好き嫌いより、読者の好き嫌いの方に関心が行くようになる。ある意味、そうなって初めて一人前だといえるかもしれない。
自分の好きな本を、好きな形で仕掛けられるというのは幸せなことだが、逆に自分の好みを前面に出さない、というのも、またそれはプロの書店員の在り方だと私は思うのだ。
山本さんはそうしたタイプの書店員なのだろう。

ところで、もうひとつ、ここに来てみたかったのは、ここが新横浜だからだ。この書店から歩いて10分も掛からないところに、佐藤信夫コーチのいる新横浜スケートセンターがある。佐藤コーチはかつては荒川静香、中野友加里、村主章枝らを育て、現在では小塚崇彦、浅田真央を指導している。だから、新横浜といえばフィギュアスケートファンにとっては聖地にも等しいのだ。
そんなわけで、フィギュアスケート関係者やファンもここを訪ねることもあるだろうし、世界選手権も近いことだし、できればフィギュアものをプッシュしてください、とちゃっかり自分の「銀盤のトレース」を営業して帰ったのだった。

 

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No.125 中原ブックランドTUTAYA小杉店(神奈川県川崎市)

ここのところ書店周りはあまりやっておりません。目標の100店舗を周り終わったこともあるし、このブログを始めた頃より書店営業をする作家も増えたので、なんとなく、行くのも迷惑じゃないか、と思ったり。
なので、最近は気まぐれに書店訪問していますが、ここについては人ありき。文庫担当の長P2090265 江貴士さんと吉祥寺のイベントでお会いしたことがきっかけで訪ねようと思ったのです。お店は川崎なのに、わざわざ吉祥寺の書店イベントにまで来られるというその一点で、長江さんの熱心さがわかろうというもの。長江さんと言えば、ツイッターの「スコーレNo.4」運動のきっかけを作ったひとりでもあるし、おもしろい話が聞けそうだ、と思ったのだった。

店は武蔵小杉から徒歩数分、目の前のイトーヨーカドーの大きな建物に日当たりをさえぎられながらも、青と山吹色のおなじみのTUTAYAの看板がくっきりと存在を主張している。店P2090293 の大きさは100坪くらいか。
お店に到着して、長江さんに挨拶をする前に、ひとりで店内をチェックしてみた。

いや、濃いわ。
ぱっと見ただけで、普通じゃない、とわかる。それは、いまをときめく宮下奈都さんや飛鳥井千砂さんのサイン色紙があるからとか、そういうことじゃないよ(それだって、この規模の店としたら珍しいかもしれないけど)。
これほど文庫の棚や平台の文脈が読みにくい書店というのは、初めて見た。P2090275
単行本ならともかく、文庫の棚っていうのはどこの書店も実はそんなに大差はない。棚は文庫レーベルごと、あるいは作家名のあいうえお順に並んでいる。そして、棚の前で平積みになっているのは、レーベルの最新刊、あるいは売れ筋の近刊。
そういうものに慣れていると、この店はちょっとくらっとくる。
ジャンル別、あるいはレーベル別の部分もあるけど、そうでないところもあるし。秩序がありそうで、細かいところを見ていくと、全然、秩序だっていない。文庫の平台なのに新書が入り混じっていたり、単行本があったり、この隣にこれを置く?という並びになっている。
本屋というより、ドン・キホーテの売り場みたいだ。売り場から理屈を読み取ろうとすると、か えって混乱する。

さらに、目の高さの棚の横板のところに、棚の並びとはまったく関係なく、お薦めの本のひとP2090272 こと紹介文が貼られている。それも、「凍りのくじら」とか「スコーレNo.4」とか、ごくごく一部の作品だけを、違う言葉で何度も紹介する。紹介文が書かれた紙は長方形とかではなく、まんがのふきだしのような形をしている。まるで呪文のようにも見える。
なんなんだ、この店は。

うーん、と考え込んでいたら、店の棚に、フリーペーパーという形で攻略法が置かれてあった。
その名もずばり「中原ブックランドTUTAYA小杉店 文庫売り場の歩き方」。P2090279
やっぱり、混乱するお客さんがいるってことだね。
つーか、100坪かそれくらいしかない店なのに、こんな手引書が必要ってどういうことよ、とこころの中でつっこみながら、そのフリーペーパーを手にしてみる。
これはもちろん長江さんの手によるものなのだが、実に面白い。面白いので、引用してみる。

本の並び方について、「僕はなんとなくイメージが似ていそうな作品を近くにまとめるようにしています。なので、当店でお買い上げいただいたある本がもし面白いと感じられたら、それが置かれた場所の近くにある本も、もしかしたらですが、自分にあう作品である可能性が高いP2090271 かもしれません。そういう売り場ですので、目的の本を探す場合には若干、探しにくいかもしれません。でも基本的に、平積みにしている本はなるべく棚にも常にあるように管理しているので、何かお探しの本がある場合には、棚からお探しいただけると良いかと思います」
ああ、そういうことなのね。
あとで長江さんに直接、聞いたところ、建前レーベル別になっているけど、なんとなくテーマがあって、男性向けの棚、女性向けの棚、時代小説、若い人向けの棚、というように分かれているんだそうだ。なるほどね。それで、秩序があるようで必ずしもそうでない、ちょっと不思議な並びになっているわけだ。
で、そうしている理由についても、このフリーペーパーで説明されている。

「現在のこの恐るべき新刊洪水の中で、発売される本すべてを売り場に置くことはどうしたって不可能です。だからこそ、書店に置かれている本はすべて、そこに置かれている理由があP2090287 る、そう断言してしまっていいと思います」
「書店で本を選ぶというのはつまり、『誰のオススメに耳を傾けるのかを自ら選び取る』ということであり、それこそが、書店でしか経験できない本の選び方ではないか、と思うのです。だからこそ、売り場が発する声に耳を傾けてほしい、と思います。もしかしたら、初めのウチは、その声が聞こえにくいという方もいるかもしれません。でも次第に、その声を拾えるようになってくるはずです」

これはもう、書店員哲学というべきものですね。書店で本を買うことの意義を考えて、考えて、そうして生まれた言葉だと思う。そして、なぜそこにその本を置くのか。常に自覚的な書P2090266 店員でないと、決して吐けない言葉でもある。長江さんは、その場所では売れないと思った本は、あちこち動かすのだ、と言う。それで、ぴったりくる場所を見つけるのだ、と。

さらに、長江さんはフリーペーパーでオススメしている本の見分け方も解説している。
つまり、「多箇所展開している」「手描きPOPがついている」「同じ場所にずっと置かれている」「文庫売り場に置かれている単行本」「オリジナル帯がついている」
そうした本だ、と。
で、実はそれとまた別に、「何を読んだらいいかわからない方へ アンソロジー&作家棚」とP2090286 いうのもある。これはこれで、棚のすべてがオススメと言ってもいいだろう。
つまり、贔屓する本は目いっぱい贔屓している、ってことだ。

そうした長江さんのやり方に、反発を覚える人もいるだろう。本を探しにくい書店ってなんなんだ、と思う人もいるだろうし、個性の強すぎる棚のあり方を嫌う人もいるだろう。そもそも書店員がオススメ本を声高に主張することに反感を持つ人がいることも知っている。私自身、長江さんに選ばれなかった本の著者であるから、複雑な想いを抱かないわけではない。
だが、長江さんが文庫担当になってから、この店の文庫の売り上げは伸びたという。
つまり、お客さんがこのやり方を支持したということなのだ。だから、この店で、このやり方はP2090268 正解だったのだ、と私は思う。
武蔵小杉は小さな町ではない。書店はほかにもある。だからこそ、この店ならではの独自の路線を歩んでもいいのだ。というか、そういう路線をとらなければ、もっと有利な条件の書店に太刀打ちできないだろう。
そうして、こういう路線を維持していくために、長江さんが普通の書店員よりずっと努力しているのも間違いない。
棚に手を掛けること、さまざまなPOPを作ること(長江さんは文面を考え、実際には店のPOP職人が作る)、仕掛けるべき本を探すこと。
この店でも「本をたくさん読むのは、自分と、もうひとりくらい」だと長江さんは言う。「もうちょっと本好きが多ければ、いろんなタイプの本をもっと紹介できるのですが」
そういうものだろう。書店員は書店員であるがゆえに長時間労働を強いられ、本を読む時間すらなかなか取れない場合が多い。それが日本の書店業界の現実だ。その現実に流されP2090276 ず、面白いと自分で思える売り場を作っていくのは、本当にたいへんなことだ。
やや偏愛と言えるかもしれないが、この店の売り場からは確実に長江さんの本に対する愛情が伝わってくる。本を愛し、本の力を信じているその姿勢が伝わってくる。
この店のお客さんが長江さんのオススメ本を手に取るのは、実はそれだからではないのだろうか。多少、探し難かったとしても、どうせ買うなら、本を大事に想う書店員のいる店がいい。そうした書店員の言うことだったら、耳を傾けてもいいと思う。

「だけど、最近は凄いお薦めというのは減らしているんですよ。大きく仕掛けるということは、それだけ返品が増えるということにもなりますから。返品を減らすことが今の目標」
熱いだけでない、そうした冷静さも長江さんにはある。
でも、やっぱりこの店の面白さは、長江さんのある種の本に対する偏愛ぶりだ。それを見るためだけに、この店に足を運んでもいい、と私は思う。
だから、返品率も大事だけど、やっぱり溺愛本をこれでもか、というように目立たせてほしい。だって、そっちの方が長江さんらしいもん。
そんなことを思ったりした。

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