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124 .ブックボーイ 夢商店街店(岩手県大船渡市)

正直、ここに来られるとは思っていませんでした。Pb270360
岩手県大船渡市。
ブックオカに行った時、西日本新聞の記者の方が誘ってくださらなければ、来られなかったと思う。
ほんとは12月と2月に「銀盤のトレース」(実業之日本社)の文庫が出るし、3月には「ブックストア・ウォーズ」改め「書店ガール」(PHP文芸文庫)が出るので、11月はその作業の大詰め。書店周りをしている場合じゃなかったりもするけど。
だけど、せっかく声を掛けていただいたし、それはこうしてお金にならない(むしろ持ち出し)書店ブログをせっせと書いてきたおかげだと思うし、無理やり時間を調整しました。Pb270373
今回の旅、実は大船渡以外にもいろいろまわったのだけど、それは西日本新聞の子供記者の記事に詳しい。私自身はここでブックボーイさんを訪れた時の話を書こうと思う。

西日本新聞の方たちがここを訪れることになったのは、ブックオカがこのブックボーイさんを支援しているからだ。ブックオカの売り上げの一部を被災地支援にまわすことをブックオカの実行委員が決めたのだが、どこかの組織にお金を委ねて何に使われたのかわからないのではつまらない。どうせだったら同じ本屋仲間を援助したい。それもあちこち分散するのでなく、復興に向けて頑張っている本屋に渡したい。
しかし、お金は無尽蔵にあるわけではない。いろんな書店に渡すのでなく、どこか一店に絞ろPb270361 う。
そうして選ばれたのが、このブックボーイだった。
そして、西日本新聞の子供記者たちが、ブックオカの名代として支援金を届ける。
それが今回の一番の目的である。

なぜ、このブックボーイが選ばれたのかは、ブックボーイさんも西本新聞の方もご存知ではなかった。だが、ブックボーイさんのお話でなんとなくわかったのは、津波でダメになった書店というのはすごく多いわけではない。さらに、復興に向けて活動してPb270363_2 いる店はさらに少ないのだ、ということ。津波の被害を受けた場所は中小都市の、それも海辺だったから、小さな本屋が多い。だから、資金力がなくて震災と同時に閉店してしまったところが多いし、津波で店主も亡くなられて、そのまま店が消滅してしまったケースもある。
だから、復興に向けて歩み出そうというお店は少ない。こちら、ブックボーイのように、5店舗あるうちの4店舗まで流され、それでもまた新しく店を立ち上げようというのは稀なケースなのだ。そういうことから、ここが選ばれたのだろう、となんとなく納得する。

さて、今回訪れた夢商店街、というのは、大船渡駅西側に作られた仮説商店街だ。3850平Pb270364 方メートルの施設に33区画、飲食店、衣料品、食料品、スポーツ用品から理容・美容、和・洋菓子など30業者が集まっている。もとの大船渡駅周辺の商店街の業者が中心になっており、駅近くに店舗を構えていたブックボーイも、それに参加することになったのだ。二年という期間限定だが、この場所の土地代、建物の建築代などは国や民間の支援で支えられている。

おりしも訪れたのは12月1日のオープンに向け、急ピッチで準備が進んでいる頃。ま新しい木の香りが漂い、ウッデッキを作るカンカンという音が鳴り響いている。
「これこそ、復興の槌音だね」
西日本新聞の記者の方と話し合う。
お会いしたブックボーイの佐藤勝也さんは、とても明るい笑顔で一行を迎えてくれた。わざわPb270370 ざ福岡から、それも福岡の書店仲間からの支援金を持って訪ねたのだから、嬉しくないはずはない。だが、それ以上に、
「これから店が始まることにわくわくしている」
と言う。津波の後、4軒もの店が流され、自宅も流され、正直もう商売はダメだ、と思ったそうだ。しかし、そんな中でも、本を求めに店を訪ねるお客さんが来る、「早く大船渡にも帰ってきて」と頼まれる。版元や取次ぎやほかの書店の人たちから「頑張って」と激励される。そうしたことが、少しづつ佐藤さんの力になっていったのだ。
「本当に、みなさんには助けられています。つい2日前にも、日販さんの東北の大会があって、被災地の書店支援のことが話し合われましたし、震災直後の、ガ ソリンや物資がないとPb270366 きにも、瓦礫の中、リュックをしょって届けてくれた人もいました。ほんとうに、みなさんに足を向けて眠れないです」

我々が行った時はオープンを目前に控え、取次ぎから届いた真新しい本を書棚に詰め込んでいる真っ最中。店舗面積は約30坪、以前の5分の1だ。それでも、開店できる嬉しさが勝る。小さいなりに、子供たちや家族が喜ぶ本を充実させようと棚作りをしている。
ブックボーイという店名は、もともと「少年少女に夢を与えるような店にしたい」ということからPb270372 名づけられた名前だ。震災直後、多くの子供たちがブックボーイに一軒残った支店の方に訪れた。大人たちが自分の子供や孫のために、と児童書を買って行った。テレビゲームなどに押されて子供の本への関心が薄れていたと思っていた佐藤さんは、これほど多くの人が本を求めているのか、と実感されたそうである。そうして、改めて、少年少女に夢を与える、ブックボーイ本来のコンセプトに立ち戻った店を開くことにしたのである。

話をしている最中に、わらわらと人が店に入ってきた。みな、青いジャケットを着込んでいる。Pb270371 そして、一斉に棚に本を入れる作業に取り掛かった。
「あれは、日販の方たちなんです。日曜休みを返上して、うちの手伝いに来てくれているんです。ありがたいことです」
我々が到着した時は昼休みの時間だった。食事が終わって、一斉に戻ってきたところだったのだ。こちらも思わず絶句した。500坪1000坪の店ならよくあることかもしれない。しかし、わずか30坪の店では普通はありえないことだ。
それからこっそり佐藤さんに、
「今回の津波で流された本の代金を、版元や取次ぎが全額かぶることになったという話は本当ですか?」
と、訪ねてみた。
「ええ。最初は3分の1とかそういう話だったのですが、結局は全額持ってくださるということにPb270375_2 なりました。おかげでこうして店を出すことができます」

ああ、素晴らしいことだ。
みんなが、自分のできる範囲で被災地の人を助けようとしている。
その事実も素晴らしいが、それを笑顔で受け入れる佐藤さんの心根も素敵だ。
実際のところ、もう隠居してもおかしくない年頃で、商売がこれだけダメージを受けたことで、佐藤さん自身はどれほどショックだっただろう。店だけでない、自宅も全壊し、避難している孫たちとはいまでも別れて暮らしているのだ。それに、この街で生活しているのだから、友人や親類の何人かは確実に喪ってもいるだろう。
実際のところ、現地では震災のショックで何もする気になれず、義援金を使ってパチンコ三昧の日々を送っている人もいるという(だから、現地ではパチンコ屋が繁盛している)。これだけの被害だ。そんなふうに心が折れても仕方ない。というか、そちらの方がむしろ普通の反応だろうと思う。
それでも佐藤さんは、ほんとうに、とびっきりの笑顔で私たちを迎えてくれた。
こうして来てくれることが力になる、とおっしゃってくれた。
その事実に、我々の方が慰められるのだ。

後日、西日本の記者の方のところに佐藤さんから電話があったという。
オープン直後は大盛況で、みんな喜んでいたが、2ヶ月も経つと、結構、お客様も不満を口にするようになった。
曰く、八百屋と魚屋はあるのに、肉屋がないとか、子供服の店が欲しい、とか。
だけど佐藤さんは、
「わがまま言える場所があるって、素晴らしいね」
と笑っていたそうだ。
そんな人だから、応援しないではいられない。
幸多かれ、と祈らずにはいられない。

またいつか、この店に行けたらいいね。
西日本新聞の方とは、そんなふうに話している。

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