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No.109 さわや書店フェザン店 再び

さて、宮古から終バスで盛岡に戻る。着いたのは8時半過ぎ。フェザン店は9時までなのでP5010091_2 閉店直前だったが、事前にアポを取っていたので、田口幹人さんが待っていてくださった。

この店はあのさわや書店の系列店ということで有名だが、近年はツイッターでさかんに情報発信していることでも知られている。私はツイッターで書店を数多くフォローしているが、その中でもこの店は目立つ。震災直後、ツイート上から震災情報以外の書き込みが消えた時でも、この店だけは自店や岩手県内の情報をさかんに発信していたのが印象深かった。

「震災当日は店にいて電話をしているところだったのですが、突然、地震速報が鳴って、電話P5010081 が切れ、何があったのだろうと思う間もなく、揺れがきました」
だが、駅ビル自体が頑丈に出来ていることから、地震の場合は外に出るよりビル内に居た方が安全だ、そういう指導を受けていた。それで、お客さんを外に出すことなく、ビルの中で待機していた。店内は平積みの本が崩れたり、棚から一部落ちたりしたが、壁や棚が崩れたりすることはなかったが、電気が消え、バックヤードの方で配管が破れたところがあったという。
震災が収まった直後は電気が止まり、電話も通じず、テレビも映らず、何が起こったかわからない状況だった。が、そこはやはり田口さん、ツイッターでまずスタッフの安否確認を行ったという。スタッフの多くがツイッターを利用しているこの店、ほどなく全員の無事が確認されたそうだ。

震災の翌日はビル自体の立ち入りが禁止され、2日後に片付けすることが許された。同時にP5010082 田口さんたちフェザン店のスタッフは、ツイッターを通じて盛岡の情報を流すことを始めた。
「その時は情報がなく、ラジオだけが頼りだったのですが、それにしても盛岡だけフォローしているわけではない。だったら、うちのツイートに情報を集めようと思ったのです」
震災直後はどのラジオもテレビも被害の大きさやまだ続いている2次災害の情報を伝えるだけに追われていた。しかし、被災地それぞれで生活があり、必要とされる情報がある。
たとえば、どこのスーパーが開いているとか、ガソリンがどこで手に入るとか、どこの信号が消えていて危ないとか。
「幸い、うちのスタッフは盛岡のあちこちに散らばっていますから、それぞれがそこにいて知りえた情報を流したのです」
実はこの店、震災後、わりと早い時期(3日後だったと思う)には店を再開した。
「その時のお客のいなさ加減に愕然としました。JRもバスも止まっているし、タクシーも走っていないから、当然といえば当然なのかもしれないのですけど」
そして、オープンしたその翌日には、再び店を閉めることになった。ビル自体の安全点検のP5010087_2 ため、8日間、休業を強いられたのである。
「それで、今自分たちがやるべきことに頭を切り替えたのです」
店は閉めたが、品物は入っていた。それを支店に届けながら、情報を集めていったという(当初はガソリンがないために、台車を押して周ったそうだ)。

なるほど、そのためのツイートだったのか、と今になって理解する。そうした情報の価値は被災しなかった我々にはぴんとこない。マスメディアに映る被害の凄 さとか、原因追究とか、政府の対策とか、そうしたものに目が行ってしまうし、それらが一番大事な情報だと思ってしまう。
しかし、被災してもなお生活する人々には、起こってしまった災害を振り返るよりも、今日明日をどう生き抜くかが大事なことだったはずだ。
この店の流した情報は、それを手助けするものだったのだ。
「素晴らしいことをなさいましたね」
感心する私に対して、
「いえ、それも地場の店の役割だと思いますから」
と、気負いなく答える田口さん。

地場の店。
そうなのだ。さわや書店は本店もフェザン店も地場の店、という言葉がスタッフの口から出てP5010083 くる。
大型チェーンでなく、岩手だけでずっと頑張ってきた店。岩手の人たちと歩んできた歴史がある店。そうした誇りを、スタッフの言葉だけでなく、店の品揃えからもひしひしと感じる。
そして、そういう店が地元の危機に直面した時、やるべき行為としてごく自然に「情報発信」ということが出てきたのだろう。

震災後、何か変わったことはありますか、というこちらの質問に、
「震災直後はビジネス書が全然売れなかったのでそのコーナーを縮小し、かわりに郷土のもP5010090 のをすごく増やしました」
昔の岩手の風景を写した写真集であるとか、歴史書であるとか。数が少なかったが、版元に直接交渉したりして本をかき集めたという。もともと郷土コーナーが充実していることに掛けては、私が回った100軒ほどの店のなかでもダントツだったが、さらにそれを増やしたのだ。
「流されてしまって失われた光景を、記録として残しておかなければ、と思うのです」
田口さんは当初、震災のグラビア写真を置くことさえためらった。被災して傷ついた人たちに嫌なことを思い出させる、そんな気遣いが働いたのだ。その優しさゆえのコーナー作りだったのだろう。
「岩手の人は声高に郷土愛を叫ぶわけではないけど、郷土に対する執着は強い風土だと思います」
ところで、結果的には、昔のものも被災写真も両方とも動いている。古き良き岩手を懐かしむと同時に、今の郷土の苦難もしっかり見つめておきたい、そんなふうにしたたかにお客さんは思ったのではないだろうか。そういう意味では、田口さんの読みは、いい方に外れた、と言えるかもしれない。

あっという間に時間が経ち、閉館を告げる館内放送が流れた。それで店の外に出ると、廊下P5010093 に「がんばろう東北」という手作りのポスターが飾られているのを見つけた。その文字はよく見ると、スマイルマークの丸い切り抜きを集めてかたどったものだった。
「ツイッターに写真を上げたら、それを観たあちこちの書店で同じものを作って飾ってくださったんですよ。すごく嬉しかったですね」
全国ツイッター書店の応援。
同じ仕事をする仲間として「応援しているよ」という気持ちの表れ。
声高に被災者支援を叫んだり、わざわざ現地に行かなくても、こういうやり方もあるのだな、とP5010095 思う。
いまの時代でなければ生まれないやり方だし、ツイッターを駆使しているこの店に対して何よりの応援ではないだろうか。

東北一日目はこうした終わった。
しんどい一日だったが、最後のポスターで心和んだ。
東京でこのスマイルマークが見られるといいな、と思いながらホテルに向かった。

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コメント

さわや書店さんのヘビーユーザーです。
 あの時、フェザン店さんを中心としてツイートしたり、リツイートされた情報がどれだけ役に立ったかわかりません。主人と母が東京から帰れなくなり、実家と二家族の食事を抱えた身として、「どこそこの産直に卵ありました」とか「今日○○スーパーあいてます」「どこそこの道路は危ないです」という情報がどれだけ、助かったことか・・
 そうそう、台車で各店に届けられたさわや急便といえば、伝説のTさんをのせた台車急便というかのが、震災で疲れた人々に勇気を与えてくれた、というエピソードがあります(^^)

投稿: みるきい | 2011年7月13日 (水) 16時09分

本当に地元に密着したお店ってこういうものなんだな、と田口さんのお話を伺って思いました。ただ本を売るというだけじゃないんですね。
みるきいさんのようなヘビーユーザーと名乗るお客さんがいること自体、本屋としては珍しいことだと思いますが、それもさわや書店だからこそ、という気がします。近くにそういうお店があるというのは、ほんとにうらやましいです。

投稿: 碧野 圭 | 2011年7月13日 (水) 21時55分

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