« NO.107 さわや書店本店 再び | トップページ | No.109 さわや書店フェザン店 再び »

No.108 リラ・パークこなり

盛岡に行くついでに、宮古に行こうかな、とSNSでつぶやいたところ、
「だったらぜひ、この店に行って下さい」
と、某営業マンから教えられた。こういうブログを書いているので、私は出版社の営業マン(それも、文芸出版じゃない会社)の方と親しくなることが多く、この方も、何かと情報を下さったり、いろいろアドバイスしてくださる方なのだが。
「とても品のいい女性の店長さんなので、碧野さんとも話しが合うと思いますよ」
と、強力な推薦があったので、行ってみることにした。

とは言うものの、盛岡から宮古まではバスでも電車でも2時間あまり。震災の影響で本数も減っている。最終のバスも電車も6時ごろ。午前中にさわや書店に寄ったので、宮古の滞在時間は4時間ほどしかない。さわやの松本さんには、
「あちらは被害の大きかったところですから、準備して行って下さいね」
と忠告され、水とカロリーメイトとマスクをコンビニで購入する。水とカロリーメイトは、途中でバスが停まった時のため。マスクは匂いや埃が酷かった場合に備えて。
途中でトイレ休憩を挟みつつ、バスは緑の山道を行く。
岩手の緑はほんとに美しい。鬱蒼とした緑の木々、道路に沿って流れる緑の川。人家が少なく、看板のような邪魔な人工物もない。したたるような緑の美しさが目に染みる。
被災地を訪ねるというより、山道をドライブしているようだ。

そうして2時間後、到着した宮古駅前。かなりな覚悟を持って訪れたのに、そこは目を疑うほP5010040 ど、当たり前の光景だった。
あれ、宮古が被災地ってのは、間違いだったのだろうか。
一瞬、そう思ったほどだ。目的のリラ・パークこなりはそこから20メートルくらいしか離れていない。そこに至る道中も、そして店そのものも、ごく当たり前な状態でそこに在る。埃も匂いももちろんない。
しかし、それは3ヶ月経った今だからこその状態だった。それは、店長の小成智香子さんに話を聞いてわかったことだった。

リラ・パークこなり。宮古ではもっとも古い書店で、創業は100年以上前になるという。今P5010041_2 では30坪ほどの店内は本4、文具6という駅前の「キオスクのような店」だと小成さんは言うが、子どもの本をやりたいという小成店長の意思を反映して、規模のわりに児童書が充実している店である。楽器売り場や音楽教室なども併設されていて、地域の子どもたちを集める店である。この地域で2軒だけトーハンと取り引きしている、そのうちの1軒でもある。

挨拶もそこそこに、津波の被害のことを尋ねると、
「この辺は、一番被害が軽かったところです。駅自体は少し高台になっているので津波は大P5010053 丈夫だったのですが、ここから10メートル先くらいまでは水に漬かりました。この店も、20センチくらい水が入ったんですよ」
そう聞かされても、こちらはぴんと来ない。店も、辺りの道路も、津波のあとはまったく見られない。ほんとに、汚れの痕跡はまるで見られないのだ。
「みなさん、宮古は復興が早いとおっしゃいます。でも、最初はその辺、車が突っ込んでいたり、船までいたんですよ。幹線道路が通れるようになるまで1ヶ月くらい掛かりました。その頃までは瓦礫もあったんですけど、自衛隊やボランティアの方が来てくださったので片付いたんです」
なるほど。多くの人の努力の結果だったのか。それにしても、水に漬かった時の状況はどうだったのだろうか。
「水と言っても、ヘドロとか混じった汚い水ですし、泥はすごいし、きれいにするのに2週間かかりました」
地震で崩れた本はもちろん、ストッカーにあったものも全部だめになった。それだけでなく、棚P5010048 にあった雑誌などは、塩分の影響でよれよれになり、売り物にはならなくなった。
しかし、この店はまだよかった。ここから少し離れた新町にある本社と、元町にある支店はすっかり水に漬かった。折りしも時期は3月。新学期のための教科書が本社に集められていたのだが、全部だめになった。
後から店の被災状況を集めたカラーコピーの小冊子を見せてもらったが、店の中は椅子や本やコピー機や段ボールや衣類や棚やその他あらゆるものがめちゃくちゃに散らかり、傾き、泥で汚されている。
かつてはひとつひとつが使われる目的があり、意味のある商品だったものが、ただのごみの塊と化している。その生々しい記録には、こちらも言葉がない。
「私も最初の2週間は避難所にいて、そこから店に通いました。とにかくヘドロがすごい。みんP5010049 なでそれを集めて土嚢にし、外に出す作業を続けました。電気も来ないし、水もないし、幸い大家さんのところは井戸があったのでそこから水を分けてもらい、とにかく片付けをしました。店がこの後、どうなるかなんて考える暇もなく、ただやらざるをえない。それでだんだんきれいになると気持ちも明るくなるし、店を開けてなくてもお客さんは売ってくれと来るんですね。それで、3月の終わりからは、なし崩し的にお店を開けることになりました。最初は4時くらまでしか開けられなかったんですけど、それでもお客様は来てくださる。お客様に支えられるというのはこういうことだと実感しました。最初に電気が点いたとき、駅前のこの店に明かりが点いているとほっとすると言われ、私たちも嬉しかったですよ」
当初は判子や計算機、チェックライターといったものが売れた。しかし、売れて在庫がなくなっても、道路は断絶しているし、調達は難しい。
「それでも、長年取り引きのある問屋さんとかが力を入れてくださって。人との繋がりが大事だということを、本当に勉強させられました」
本については
「みなさん、やっぱり通常どおりの買い物をなさろうとするんです」
その心理はわからないではない。震災前と同じ雑誌を買うこと、震災前の習慣を取り戻すことが、日常に復帰する第一歩なのだろう。
しかし、3月中は店が開けられなかったため、雑誌を止めたところ、取次ぎの規則でそれ以降、同じ数入らなくなり、困っているそうだ。こういう時期は特別だから、取次ぎももう少し融通を利かせてもいいのではないか、と思うのだが。
そのほか本で言えば、やはり震災関係の本が売れた。被災地の写真が写っているものならP5010050 なんでも、といっていいくらい売れたそうだ。未曾有の経験を残したいという想いもあるし、自分たちの街が写っている、そのため無関心ではいられないのだろう。なかでも、地元のタウン誌「みやこわが町」の震災特別号は、見舞いのお礼に使いたいと一度に20冊30冊と買っていく人がいるので、いくら出しても間に合わないくらい売れているのだそうだ。今まで店に足を運ばなかった人も、こういう本を求めて来店されるのだという。

だが、お客さんが店を訪れるのは物を求めて、だけではない。
「みなさん、自分の経験をお話されたいんですよ。被害に遭った人もそうですけど、遭わなかった人も仕事を無くしたり、親類を引き取ったり、(家が残っていることが)申し訳なくて店で買い物をするのもためらわれたり。最初は津波の被害にあった人だけが犠牲者だと思っていましたが、ここの地区みんなが多かれ少なかれ傷を負ったんだ、と思うようになりました」
そうした経験を誰かに話したい。その話し相手を求めて、訪れる客も多いという。
それだけこの店が、店長の小成さんが、この地域のお客さんに慕われているということであるが、地域に密着した店の役割とは、ものを売るだけでなく話し相手でもあり、人々の気持ちを受け止めてくれる存在なのかもしれない。
「それを聞くのも、ほんとは辛いことなんですけどね」
自身も被災に遭われた小成さん、人の気持ちを受け止めるのはやりきれないと思う時があるのも想像に難くない。それでも、被災に遭った小成さんだからわかってくれると相手は期待するのだろうし、それを拒める人柄でもない。ほかに変わる人もない。黙って話しを聞き続けるのだ。

そして、震災から3ヶ月経った今、店も街も日常を取り戻し始めている。私が来店した時は普P5010047 通に店が開き、普通にお客さんや、音楽教室の生徒さんが集まっていた。
だが、今になって小成さんは不安が強くなっているという。
「最初は猛無我夢中でした。だけど、現実が見えてきた今になって、途方に暮れるんです」
この店だけでなく、本社と支店が水に漬かったため金銭的に甚大な損害を被った。それがどれくらいの額になるのか、まだ見えない。店の規模縮小は避けられないし、損害を補填できるかどうかもわからない。
ひとつの企業としての見通しも不透明だが、それ以上に宮古という街の将来も不安だ。
被災で亡くなったり、転居されたりする方がどれくらいいるのか。
この街は残っていくのだろうか。
1年後2年後、ここでどういう形で商売ができるのか。
「頑張ろう、とよく言われますけど、これ以上、どうやって頑張ればいいのか、と思うんです」

それはきっと、小成さんだけの気持ちではない。被災地に残った多くの人たちが同じことを思っているのだろう。
それに対する答えを私は持たない。軽々しい慰めは嘘になるし、これだけの大きな犠牲を前に、励ます言葉もない。

私ができることとしたら、こうしてお店のことを伝えること。
そして、この店のことを忘れないこと。
3ヶ月後も、1年後も、3年先も、ずっとずっと気に掛けていくこと。
「もはや被災地ではない」
そう宮古の人たちが笑って口にできるまで。

「必ず、また来ます」
そう言って私は店をあとにした。

|

« NO.107 さわや書店本店 再び | トップページ | No.109 さわや書店フェザン店 再び »

東北の書店」カテゴリの記事

コメント

全編、引き込まれましたが、とくに最後の、
「こうしてお店のことを伝えること。
そして、この店のことを忘れないこと。
3ヶ月後も、1年後も、3年先も、ずっとずっと気に掛けていくこと。」
のところは、うんうん、うなずきながら読みました。

投稿: 空犬 | 2011年7月 5日 (火) 23時06分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: No.108 リラ・パークこなり:

« NO.107 さわや書店本店 再び | トップページ | No.109 さわや書店フェザン店 再び »