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2010年6月

No.97 明和書店池袋店(東京都豊島区)

こちらに行こうと思ったのは、とある業界人の呑み会で推薦されたから。早川書房とか国書刊行会の営業の人が、個人的に使う店、好きな店としてことを挙げたのだから、間違いはないだろう。こちらは西葛西の明和書店(このブログの2回目の店)の系列で、幸い、明和書店の社長と親しい大森望さんから紹介してもらえたので、すんなり営業を承諾してくださった。

Img_1533 こちら、西武池袋駅の構内にある駅中店。なので、店に入るには切符を買わなければならない。当然、お客は西武線を利用される方ばかり。店は10坪。思っていたよりさらに小さい。なのに、ここが業界人に評判がいいのはなぜなのか。
店に入ってざっと背表紙を見る。確かに普通の駅中店ではないとすぐわかる。普通ならそういう店に置いてあるのはベストセラーとか有名作家のもの。電車の中で軽く読める本の類だ。こちらにももちImg_1536 ろん「1Q84」とか「夜行観覧車」といった売れ筋も平積みになっている。だが、棚を見ると海外文学とか社会科学系とか、駅中店ではあまり扱わないようなジャンルも結構な充実だ。たとえば海外文学はカレル・チャペック、ギュンター・グラス、マラマッド、ガルシア・マルケス。早川epiブックまである。普通の駅中店では海外文学が置いてあったとしても、ダン・ブラウンとかミステリの類がいいところ。社会科学系でも「フランソワ・ラブレーの作品と中世ルネッサンスの民衆文化」とか「数秘術大全」なんて、ありえない。だいたいこんな本、普通の路面店でも小さいところでは置かないでしょ。
Img_1539 あと、10坪ならではの工夫もあった。文庫棚を2重にして並べているのだ。下に台を入れて奥に並べた本を高くし、タイトルがわかるようになっている。取り出しにくいので本屋ではあまりやれないが、多く置けるのは確かだ。うちでもまねしてみよう。

店長は平塚康司さん。以前は西葛西で店長をされていたそうだ。このブログの2番目に挙げた店だが、あそこもサブカル系が異様に充実した、存在感のある店だったっけ。
こちらの店は、
Img_1544 「一言で言えば、西葛西の縮小版みたいなものです」
いえ、そこをもう少し聞かせてください。
「この規模にしては、人文サブカル系が多いでしょうね。岩波も新刊については入れてもらっています。あとコミック類もよく売れますよ」
場所のよさから、話題の新刊書はよく売れる。「1Q84」は250冊入って、1日で売り切れた。「ワンピース」の新刊も、1500冊売れるという。
「10坪しかないので、新刊はもちろん、棚に置くものもチョイスしないといけません。でも、ベストセラーだけではつまらない。コアな商品、うちのお客様が 好みそうなハードカバーを混ぜておく。お客さまが棚を見て、引っ掛かりを覚えてくれることが大事だと思う。駅中と言っても書店なんでね。私が思う書店は、 そういう店なんです。本好きな客が来てくれる店でないと」
なるほどねえ。たとえばこちらの売れ筋のひとつは光人社NF文Img_1546 庫。光人社NF文庫、不勉強で知りませんでした。戦記物のノンフィクションを集めた文庫だそうです。ほかの駅中店では絶対にないでしょう。
「珍しい本があると口コミで広がりますし。以前、作品社の本で、版元でも品切れになったものを置いていたら『どこにもなくて、ずっと探していたんです』と いうお客様が買いにいらっしゃいました」
たった10坪でこれだもの。評判にもなるはず。この店には、地の利もあって業界関係者の訪問も多い。よく 顔を出すお客さんが『実はこの本の担当編集でして』とか『版元の○○です』カミングアウトされれることも多い。
「それだけ、チェックされているんだな、と気が抜けないですね」
そんな平塚さん、本を選ぶとき、心掛けているのは、
「ネットを参考にしない、ということです。それより自分の好みを優先させる。そうでないと、独自性が出せませんから」
選 ぶ基準の中には、「装丁がきれい」ということもある。青土社の本は自分の好みのデザインなので軽くえこひいきしている。
Img_1536_2 「装丁のインパクトは大事 ですね。陳列するとき、色あいとか考えてレイアウトします。場所をちょっと変えるだけで売れたりすることもありますから」
ちなみに、青土社の人文 科学系には固定ファンが何人かいて、新刊が出ると買っていくのだそうな。
それから、こちらのお店では、いまでもPOSではなく、スリップで対応している。
「POSになると、配本が取り次ぎまかせになるし、対応も遅くなってしまいます。POSではデータの数字があがった後、集計で中一日は最低、掛かってしまう。とくに客注の場合が時間が掛かる。でも、うちの場合は取次ぎの営業さんが毎日周ってくれるので、ファックスで注文を送っておけば、翌日に届けてくれたりもする。10坪ではストックにも限界があるし、すぐそばにあるリブロさんやジュンク堂さんに、品揃えでは絶対、勝てない。あるのは地の利だけ。だから、棚の欠本でお客様に迷惑が掛からないように、スピードでは負けないように、と考えています」
Img_1541 なるほど、売れ筋をきちんと置いたうえで、個性的な棚を作り、こまめにお客に対応する。昔ながらの正しい書店のあり方だ。それが出来るのも、社員3人で担当を分けているからで、店長は書籍と雑誌、ほかに新書と文庫担当、コミック担当がいる。坪から考えるとスタッフが多い。だがそれでも、坪効率が日本一と言われた時もある。地の利はもちろんある。だが、単行本の売り上げも高いから、その数字になるのだろう。
こちらならではのロングセラーはありますか、と尋ねたところ、
「なんだろうな。売れてても、飽きると置くのを止めちゃうから」
という驚きの答え。
「あんまり同じ本ばかり置くと、お客様も新鮮味がないでしょう。狭い店ですし、飽きられないように、品揃えを変えていかなければと思うんです」
そんななかで、長く売っているものは「ガルシア・マルケス全小説」(新潮社)のシリーズ。平塚さん自身も、購入されたそうだ。今も店頭に並んでいるが、確かに見れば欲しくなるような本だ。マルケスだし。
Img_1540 「あと、ジャック・ロンドンの『火を熾す』(スイッチ・パブリッシング)も、かなり売れたので、ずっと面陳していました。サブカル系では彩図社のもの、アフリカとか南米のやばい海外旅行記とかが人気がありますよ」
うーむ、品揃えも渋いが、お客の好みも渋い。本好きの固定客を確実につかんでいるんだな。
ところで、印象に残る営業マンを尋ねると、
「双葉社の大杉さん。体格がよくて、いつも大汗をかきながらうちにいらっしゃいます。まめに連絡をくださいますし、商品紹介もすごく熱意を持ってやられるんです。「告白」の営業も熱心にされていましたし、既刊の掘り起こしも熱心です。
それから、ビジネス書のかんき出版の飯島さん。この方もいらっしゃる頻度がすごく多いです。夜遅く、8時過ぎとかに、『呑んだ帰りです』と言って現れる。いえ、この沿線に住んでいるのではないそうです。とにかく熱心な方です。
あと、講談社の販売局長をされている阿部さん。この方も、夜11時頃にいらして『これ、ちょっとお願い』と営業されていく。今は「永遠の0」の文庫を熱心に営業されています。講談社はこの沿線に住んでいる方も多いので、『POPを2枚だけ持ってきました』とか『POPなかったので置いてきます』とか、よくあるんです。ありがたいことです」
最後にこれからやってみたいことを平塚さんに聞くと、
「いままでの流れで、いい商品を探して並べる、それで独自性を出す。それをこれからも継続していきたい」
とのことだった。

実は私も駅中店には滅多に行かない。面白くないからだ。駅中店が同じような品揃えになるというのは、それだけ家賃が高いので、最大限の坪効果を出すために売れ筋しか置けない、あるいは人件費を節約するために、初心者のアルバイトでもできる棚にしなければならない、という事情があるのだろう。
だが、その常識が常識ではないかもしれない、とこの店を見て思う。もちろん、西武池袋線の出発駅という地の利がある、と言うのは事実。だが、誠実な書店のやり方をすれば、人通りの多い場所ではたとえ10坪でもちゃんと結果を出せるのだ、それは嬉しい驚きであった。
こういう書店が増えれば、また書店のあり方も変わってくるんじゃないか、そんなことを考えた。

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NO.93 紀伊國屋書店 ゆめタウン博多店

Img_1439 さて、前日ブックオカの人たちと呑み会をして(後日、これについてはアップします)、呑み過ぎたせいか、朝から絶不調。何度もトイレに行き、嘔吐、下痢。
さては、二日酔いで脱水症状を起こしたか、というほどの調子の悪さ。それで、高倉さんに頼んで、車を出してもらう。たぶん、これは歩いてはとても周れない。昨日、初対面の高倉さんになんて図々しいお願い。でも、そんなことを言っていられないくらい、調子が悪かった。ほんと。

Img_1444 それで、訪れたのが、ここ紀伊國屋ゆめタウン店。飛び込みでしたけど、幸い高倉さんの知人である天ヶ瀬英子さんがいらしたので、挨拶をさせていただく。
お店は素敵でした。お世辞抜きで。ワンフロア930坪で、50万冊の品揃え。ファミリーを意識して、書棚は低く、真ん中を丸くレイアウトしたり、波型の什器が入っていたり、インテリア自体の雰囲気が楽しい。
郊外のショッピングモールということで、若いお母さんが多いので、Img_1442 実用書、児童書、教育関係が売れ筋だそう。「100円で作れる肉おかず」(学研)といった実用書が、全国でもトップクラスの売り上げをたたき出したのだとか。病院も近いので、医学関係の専門書もよく動く。昨年から児童書担当者が「絵本大賞in九州」という試みを始め、児童書もよく動いている。
書棚の飾りつけもいろんな工夫がされてる。豆腐本のコーナーにImg_1452 は、豆腐の空き箱を飾るといった演出も。
随所に見所の多いお店でしたが、残念ながら、体調があまりにも悪く、途中で座り込んだりする体たらくで、早々に取材を切り上げました。
これはもう、営業は続けられない。
そう判断して、その後周る予定だったジュンク堂の営業をキャンセル。高倉さんにお願いImg_1441 して空港へと向かいました。それで空港内の医者で見てもらったところ、二日酔いではなく、ウィルス性の大腸下痢炎であることが判明。疲れていたところで、生ものか何かを食べたために発病したのだろうということ。ちなみに、潜伏期間は2~3日ということなので、前日のブックオカの呑み会が原因ではありません。たぶん、その前日、イカを食べたのが悪かったのか。
そんなわけで、福岡営業はかなり辛い終わり方をしました。
Img_1451 福岡。
親の実家が佐賀なので馴染み深い土地(帰省のときは、博多が最寄り駅)だし、高倉さんはいるし、今回、一番気楽な場所だと思っていたのに。
ものすごく残念。
そして消化不良。
ブックオカの人たちにも迷惑を掛けて、「ダメ著者伝説」だけを残しImg_1450 た感じ。
これはどこかでリベンジしなけりゃいけないかなあ、と思い、秋のブックオカ参加が可能かどうか、密かに計画を練っている。

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No.92 丸善 福岡ビル店

Img_1423 さて、金文堂を出た直後は、まだ動揺していた。実はその日、福岡の書店員さんたちが歓迎の呑み会をしてくださることになっていた。それまでにあと2軒くらいは周るはずだったのだが、とても取材にはならない。まずはノートを探しに歩く。天神の地下鉄で駅員に尋ね、ホームを探し、西鉄まで戻って、西鉄の駅を捜索する。それからリブロのあるビルの1階でも尋ねてみる。もちろん、リブロにも電話する。
Img_1424 しかし、見つからない。これ以外は立ち寄ったところもないので、探しようもない。ショックのあまりツイッター上に嘆きを吐露し、読んだ人たちに同情していただいて、ちょっと慰められ、呆然としながらも再び天神に戻ってきた。天神の丸善で高倉さんに会うことになっていたのだ。
だが、待ち合わせまで1時間以上ある。で、仕方なく、営業をすることにした。

Img_1428 丸善を選んだのは、その晩、こちらの徳永圭子さんも呑み会に参加されることを知っていたからだった。気力がなえていたので、少しでも繋がりのある人のところに行きたかったのである。
さて、この丸善、ブログを書いている時点ではまだあるが、明日19日をもって閉店になる。2011年の春に、新しくできる商業施設JR博多シティの中に、新しく丸善福岡店がオープンするので、そちらに移転、ということになる。それで、ちょうど閉店セールをやっていた。Img_1429 文具・雑貨・洋書が30%~80%引きとあるほか、「岩波書店在庫稀少フェア」や「暮しの手帖」フェアなども大きくスペースを取られている。
店自体は落ち着いて格調が高く、いかにも丸善というたたずまい。
「会社のスタイルとして、こういう形をドンと打ち出すというよりは、出店が決まったところで。その立地にあった店作りをするのが丸善のやり方」
Img_1434 と、徳永さんはおっしゃるが、周ってみて、やはり丸善にはカラーがある。ちょっとお堅い、アカデミックな雰囲気。それはインテリアや什器が図書館を思わせるような落ち着いた配色や材質を用いているから、とか、書店員の制服のデザインとか、そういうことだけではない。本のセレクションとかが、エンタメよりもちょっとだけアカデミックに偏っている感じ。付録つきの雑誌を大きく展開するというよりは、「暮しの手帖」のフェアの方が喜ばれる感じ。名古屋の丸善でImg_1425 は「コミックを置いていない」と言っていたが、ここもそれに通じるような格調高さがある。雑誌よりも新聞の書評、「王様のブランチ」よりも「週刊ブックレビュー」で紹介された本の方が動く、というような。実際、そういうコーナーが大きく取ってあったし。
「こちら、学生が少ない場所で、お客様の年齢層も高めです。医学書のような専門書を目当てにいらっしゃるお客様も少なくありません」
Img_1427 徳永さん自身は、3月にこちらに戻ってきた。それ以前は本部に2年くらいいたのだそうだ。あちこち本屋を見るのも好きで、昨年、ブックマークナゴヤにも行ってきた。名古屋は古本屋や図書館が充実していて、本を読む環境がある、そんな話をしていると、徳永さんに社内電話が掛かってきた。お客様からクレームの電話が掛かってきて、現場では対応できず、徳永さんの方に回って来たのだ。
それで、そちらの対応のために、取材は中断。あとは呑み会の席で、ということになった。
どうもこの日はついていない。
Img_1433_2 でも、せっかく来た記念に、と、「作家の家」(西村出版)という本を買いました。コクトーやモラヴィアといった文字通り文豪たちが住んでいた家の写真集。たぶん、新宿でも買えるんだろうけど、本は出会いだから。これが置いてあった作家や出版社関係のコーナーの並べ方がよかった(左の写真)のです。1キロ近くもあるような重たい本ですけど、それはそれ。記念ですから。
それに、たとえ移転が決まっているとはいえ、この空間の存在感、この本を並べたスタッフたちが、どれくらい次に引き継がれるのだろうか。
そんなことを考えて、ちょっと寂しく思ったのでした。
本屋の閉店は、どんな場合でも寂しいものですね。

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NO.91 福岡金文堂本店(福岡市中央区)

Img_1415 さて、この金文堂に着いたとたん、取材ノート紛失が発覚。店長の青木正宗さんがお相手してくださり、さらにノート替わりのメモまでくださった。ノートの件もたいそう心配してくださった優しい方だったが、私の方、話を伺いながらも、ノート紛失の件で内心、動揺しまくり。気もそぞろで申し訳なかったです。

そんな話はともかく、こちら、明治45年創業ということだから、創立98年、文字通り老舗だ。福岡の中心の天神、その中でも新天町という商店街に入ってすぐのところにこの店はある。
Img_1421 「金文堂は福岡、佐賀を中心に、約30店舗弱で展開しています」
かつては大きい書店は天神にしかなく、郊外型でも100坪程度。ある意味、のんびりとしていたところが、ナショナルチェーンの進出によって一変したという。1600坪のジュンク堂をはじめ、丸善、リブロ、紀伊國屋も天神近辺に進出。たちまち書店激戦区となった。福岡の書店業界では、天神戦争と言われる状態である。
それにあわせて、金文堂も西鉄に450坪の店を出店したり、郊外の夢タウンに出店したりと、生き残りをかけてさまざまなやり方を試さざるをえなかった。
Img_1418 だが、やはり天神の町の規模に対して、書店が集中しすぎたのか、紀伊國屋が博多に移転。丸善も6月で天神から撤退、来年博多に新店舗をオープンさせるという。今度は、博多戦争が起こりそうな勢いだが、天神の店にとってはいいニュース、と言えるだろう。新天町の入り口にパルコが出店したことで人の流れが戻ってきたこともあり、これからは天神も少し落ち着くのでは、と青木さんは語る。
「建坪60坪のうちが、ほかの店に対抗するために、捨てた部分もありました。学習参考書、Img_1417 専門書関係は切り捨てましたし、文芸も話題書関係に絞ってきました。それが少し改善できるといいのですが」
もともとは年齢の高いお客様が多く、時代劇や健康ものや料理本といった実用書が強いのだが、売れ筋のコミック、雑誌、文庫を見直し、若者向けの商品を多くした。路面店のメリットを生かし、店頭に女性誌の付録のバッグを見本つきでワゴン販売したり、若い人向けの小説のフェアなども多くしている。
だが、こちらが老舗らしいな、と思ったのは、最近のヒットとして、
Img_1419 「バンドつきのダイエット本の、バンドだけを650円で販売したところ、バカ売れしました。話題性にどう引き付けて商品を売るかが大事だと思います」
ほかの書店でも同様の試みをしているそうだが、普通はそれでも千円の価格設定をしているそうだ。千円切っても売れるのは、こちらの店には違う物販ルートがあるからだ、という。それがあるのが、老舗の老舗たる由縁だろう。昨日今日、こちらで商売を始めた店にはない昔からのコネやルートがあるにちがいない。
Img_1420 「地元の書店としては、倒れるわけにはいかないですからね。近くの積文館さんとも、最近はよく話しをするのですが、なんとか生き残るために頑張りますよ」
頑張ってほしい。
お客さんだって、大きな店がいいという人ばかりではないだろう。ナショナルチェーンの大型店も楽しいし、素敵だが、同時に地域に密着した中小規模の店も残ってこそ、書店業界は活性化すると思う。
状況があまりに厳しいので、おためごかしの励ましは言えないが、心密かにエールを送りつつ、金文堂をあとにした。

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取材ノート紛失事件

さて、福岡で取材ノートを無くし、その分を先行でブログに上げていたのですが、抜かしていたそれ以前の分もようやくアップでき、時系列どおりに並び替えました。やれやれ、ほっと一息です。ノートを無くしたのは、神戸から福岡のリブロまでの16軒分。写真と記憶を頼りに書き込んだものの、細かい言葉のニュアンスや、事実関係に間違いがあるかもしれません。関係者のみなさま、もうしわけありません。こちらにご連絡いただければ、間違い等、すぐに訂正させていただきます。

西鉄のリブロを出て、天神の金文堂に向かう。場所がわからなくて、3.4回ほど資料を出して確認した。そして金文堂に到着し、挨拶したその時、ノートがないことに気がついた。途中、飲食に立ち寄ったわけでもないし、ノートを出した覚えもない。リブロのビルの1階や、地下鉄の中、天神の路上、そのどこかで資料を出したとき、薄いノートが滑り落ちたのだと思う。
さて、ノートを無くしたのはすごいショックだったし、困惑した。テープを回していないので、記録は写真とノートだけ。ノートを無くすということは、今までの取材がなくなったに等しい、その時はそう思いました。それまでの長い道のりやかかった費用、辛かったことなどを思い出すと涙が出た。がっかりしたあまり、この営業を始めたこと事態をひどく悔やんだりもした。
だが、結局、その分のブログをアップできた今だから言うのだが、それは悪い経験ではなかった。
よかったと思うまず一番の要因は、いろんな人から励まされたことだ。ツイッターに「取材ノートをなくした」と書いたところ、いろんな人から激励のコメントをもらった。ノートを無くしたことをリツイート、つまりその情報を広めてくれた人たちもいた。個人的な友人ばかりでなく、ツイッター上でしか知らない人たち、福岡在住の人たち、現役の営業マンの方、そういった人たちが、少なからぬ関心を寄せてくださったのは、本当に嬉しかった。なかには、私がノートを無くしたと思しきビルや地下鉄にわざわざ問い合わせをしてくださった方もいるのだ。たぶん、投げ出さずに16軒分書けたのは、そうした人たちの想いが後押ししてくれたからだと信じている。

それから、よかったと思うふたつめの理由は、もしノートを無くさなかったとしたら、ブログをアップするのにもっと時間が掛かっただろうと思うからだ。営業&取材がうまくいきすぎると、それだけで満足してしまう。それに、楽しければ楽しいほど、その店の記事をたくさん書こうとして、肩に力が入るだろう。それが逆に自分を追い詰めて、なかなか取り掛かれない、ということにもなりかねない。実際、東北営業があまりにもうまくいきすぎたために、ブログを上げるのにかなりの時間を要した。神戸から福岡初日までは順調すぎるほど順調にいっていたし、海文堂や啓文社など、強烈な出会いもあった。なまじメモを読み返していたら、あれも書こう、これも書きたいと、収拾がつかなくなっていたかもしれない。

さて、この出来事を通じて思ったのは、まず、取材ノートは厚いものにしよう、ということ。薄くて、ほかの資料の間に挟まったり、滑り落ちてもわからない、そういうものではダメです。
それは教訓として残りました。
それから、覚えているうちに、さっさと記事をアップさせること。ノートよりも何よりも、自分の記憶こそが最大の武器である、それも学びました。
これを機会に電脳化を推し進めたら、というアドバイスもいただきましたけど、それはあんまり考えていない。データばかりふやすのも管理が面倒だし。
あと、一番思ったのは、整理整頓が大事だということ。バッグの中も、机の上も。何があるとかないとか、一目瞭然にしておけば、探す手間もいらないし、無くし物も少ない。
以来、バッグの中は少しきれいにしています。

かなり痛い目にあって、それだけのことしか学ばなかった進歩のない自分ですが、まあ、終わりよければすべてよし。
あと数軒の営業とブログのアップ、頑張ります。

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No.87 ブックス・キューブリック(福岡市中央区)

Img_1337 赤坂。けやき通り。予備知識なくても、ここが福岡のお洒落タウンだとわかる。東京で言えば青山か原宿か。両側にけやき並木のある通りのそこここに、ブティックや雑貨屋が点在する。ブックス・キューブリックも、そんな町並みにしっくり溶け込んでいる。黒字に白く横文字で書かれた店名、同色のアーケード、ガラス張りの店内。そこが本屋だとは、ちょっと気づかないかもしれない。洋書屋といえば、そうかもしれない、と思うが。
Img_1341 で、中に入ると、普通の雑誌が置いてあることに逆に驚く。「MENS CLUB」「LEON」「DIME」「和楽」や付録つきの女性誌もちゃんとある。京都のガケ書房のような、完全なセレクトショップを想像していたが、そうではないらしい。
「うちは、町の本屋。若者ではなく、ビジネスマンが来て、何か発見のある店というのを心掛けています」
と、店長の大井実さん。30坪ほどの店内は、雑誌と文芸書とビジネImg_1345 ス関係の書籍が目立つ。文芸書も、「1Q84」「新参者」「ゲゲゲの女房」といった人気作も抑えているが、写真家スーザン・ソンタグやデザイナーでありエッセイストでもある鴨居羊子のムックなどが目立つところに飾られている。文庫の並びは作家のアイウエオ順ではあるが、ノンジャンルで版元も時代もばらばら。内田百聞の「ノラや」の隣に内田也哉子の「ペーパームービー」、宇月原清明「安徳天皇漂海記」、宇野千代、江國香織、江戸川乱歩という流れ。なんか匂Img_1346 いがある。ばらばらのようで、ある種のトーンがある。これはなんだろう。
大井さん、一見、普通の本屋のおじさん。だが、福岡の書店イベント「ブックオカ」の仕掛け人でもある。この店作りといい、書店一筋にやってきた人には思えない。
なぜ、ブックオカのようなことをはじめたのか、と尋ねたところ、かえってきたのは、
Img_1344_2 「昔、そういう仕事をやっていたからです」
とのこと。かつて大井さんは、東京で大手の広告代理店で働いていた。時はバブルまっさかり。電話一本で何億という金が動く、代理店の虚業にすっかり嫌気が差していた。周りは、自分を大きく見せようとする人間ばかり。そんななかでかっこいい、と思えたのは、自分でお店をやっている人間だったそうだ。「僕はただのガラス屋です」って言ってる人が、世界的なアーティストの作品を手掛けていた り。イタリアに行って、スローライフな生活を体験したこともあり、大井さん自身も地に足のついた生活をしようと思って、自分でも商売を始めることにした。書店であれば、地域の文化の拠点となれるし、イベントなどで町おこしをすることもできる。福岡を選んだのは、自分自身が中学高校住んでいたこと、高校の同級生だった奥さんが福岡出身だということもある。
Img_1340_2 それで、了解した。この店の品揃えは、クリエイティブな仕事、カナ 文字職業の人が好んで読みそうな品揃えだ。なんとなく、マガジンハウスの取り上げそうなラインナップというべきか。それは、大井さん自身の前歴がなせる業なのだろう。そして、それがこの赤坂という町にとても似合っている。
「本屋の商売はなかなか厳しいけど、うちは客単価が高いので助かっています。一度に一万円以上買っていく人もいる」
ちょうど、お会計をする女性がいた。その人に、大井さんはレジ前に あったお菓子を奨める。とてもおいしいですよ、と。お客さんは奨められてそれも買い物に加えた。お客さんが店を出ると、
Img_1347_2 「あの方は、1時間半くらいここにいらっしゃっいましたね。うちは1時間、2時間滞在するお客様がざらにいるんですよ。それで、吟味して買ってくださる」
500坪とか1000坪もある大型店なら、それも不思議ではない。わずか30坪ほどの店でそうだというのは、それだけこの店の品揃えが素晴らしいことの証明だろう。ひとつひとつの商品に、大井さんの神経がいきわたっているということだ。
Img_1348 こういう人が福岡に来てよかった。違う業界を経験した人間が入ってきたことで、福岡の書店状況に刺激が加わった。ブックオカという福岡の書店の共同イベントは、代理店で働いていた大井さんだからこその発想であり、運営だ(このイベントについてはパンフレットでしか知らないが、企画内容が優れているというだけでなく、パンフレットの作りもお洒落だ。広告もちゃんと取っている。そういうところに、大井さんの力を感じる)。もともと、そういうことをやりたくて書店を始めた大井さん、だけど、実際にブックオカをやるまで5年くらい待った。
「それまでは状況をみたり、人脈を作ったり」
なかなかの戦略家だ。電子書籍時代を迎えて厳しくなるであろう書店状況についても、もう次の手を考えているという。そう語る大井さん、なかなか楽しそうだ。
「住んでみて気がついたのは、このあたりはよそから来た人間が多いんですよね。よそ者も入りやすい土地なんです。それに、都会ではあるけど、周囲に海も山もあるし。子供を育てる環境としてもとてもいい」
Img_1349_2 すっかり福岡に根付いた大井さん、これからもますます地域の商店街と協力してイベントを行うなど、地域の活性化に努力していきたい、と語ってくれた。実は私も大井さん同様、小さい頃から引越しが多く、人生で12回引越しをしている。平均すると4年に1度は引越ししてきたことになる。仕事も代理店ほどではないが、出版という虚業に近い仕事をしてきた。いまは小説書きだから、なおのこと虚業だ(そもそも、小説を書くことは仕事なのだろうか?)。だから、どこか自分が根無し草という意識が抜け切れない。実は、こんな風にあちこちの書店を巡っているのは、土地に根づく仕事を見たかった、ということもある。
だから、大井さんがうらやましかった。自分もいつか大井さんのように、土地に根付き、周りの人たちと連帯していくような生活が送れるのだろうか。人生後半戦になっても、一向にその気配のない自分は、ちょっと打ちのめされた気持ちになってこの店を後にした。

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NO.77 海文堂書店(神戸市中央区)

Img_1132 海文堂。
音だけで聞いたら、怪文堂。いや快文堂でもいいが。
ジュンク堂と並んで、神戸では超有名書店である。
といっても、私が知ったのは、名古屋の正文館のキュートな女子書店員、清水和子さんに教えてもらったから。「私の理想の書店なんです!」と、目をきらきらさせながら言われた日には、行かないわけにはいかないでしょう。行く直前に清水さんにメールしたら、さっそく返事が来た。「海文堂さんはとても素敵な書店さんだと思います。店内にいると嬉しくて羽がバタバタする感じです」だって。なんて可愛いんだ、清水さん。
んなわけで、清水さんをバタバタさせる海文堂の正体を見極めるべく、海文堂に乗り込む。

Img_1134 アーケードのある元町商店街、街の本屋というにはちと規模がでかいが、まあ一見、普通の外観。だが、一歩足を踏み入れると、何か空気の色が違う。全体がセピア色がかっている。
これ、なんだろう。本とか本読みの念が長い年月の間に結晶化して空気中に漂っている感じ。名古屋のちくさ正文館とかでも同じ匂いがあった。お洒落な新刊書店では絶対出せない空気感。むしろ古本屋のそれに近い。

Img_1135_3 で、清水さんから紹介された平野義昌さんと、店長の福岡宏泰さんにご挨拶をする。で、話を伺おうとすると、平野さんからばさっと資料一式を渡された。
こちら、取材が多いので、よく聞かれる質問を文章にまとめてあるのだ。せっかくだから、以下に一部引用する。

  ・1914年、海事書の専門出版社として創業。その後、海事専門の小売書店を経て、総合書店に。
・海文堂通信として「月刊海会(カイエ)」を発行。A41ページ、両面印刷。3000部発行。4月号で通巻81号。
・「海会」別冊として「神戸と本」をテーマに、年2回「ほんまに」という雑誌を発行。500部。通巻11号。
・1階に「神戸の本」コーナーを充実。商業出版以外のもの、阪神・淡路大震災を語り継ぐ棚も継続。
・2階の海事書ゾーンに「港町グッズ」コーナーを精力的に展開。
Img_1152_2 ・児童書コーナーの品揃えと担当者の児童書に対する熱意は、他書店と一線を画す。
・2階奥のギャラリースペース”Sea Space”で、随時イベントを開催。
・神戸の古本屋とタッグを組み、店内に3つの古本屋の棚を常設。多数の古本屋の協力を得て、「海文堂の古本市」も定期的に開催。
・毎月、スタッフが入れ替わりで「海文堂オリジナルブックフェア」を行う。

Img_1157_2 あえて、海文堂の活動についてのみ引用したのは、これを見ただけで海文堂のスタンスがわかると思ったから。普通に本を仕入れて売る、以上のさまざまな試みをやっている。おそらくここまでの活動をしている書店は、全国でも類を見ないだろう。
あ、これ以外にも、もちろんHPはやっていますし、

http://www.kaibundo.co.jp/honyanome/honyanome.htm

Img_1173_2 そのほかにも、平野さんはお手製のフリーペーパー「週刊奥の院」も出しておられます。こちら手書きでA4両面コピー。その週目に付いた本を平野さん流の独特の語り口で紹介するもの。紹介というよりエッセイのようだ。平野さん曰く「すけべ通信」。でも、そんなにやばいペーパーではありません。新刊情報に、ちょっとだけ平野さんの趣味丸出しの本コーナーがあるだけで。「今週のもっと奥まで」って、コーナータイトルもいかしてる。
それから、この平野さん、海会に連載した「本屋の眼」をまとめた同名タイトルの本をみずのわ出版から上梓されている。その番外編とも言うべき「神戸本屋漂流記」を同社のHPに連載している。

http://www.mizunowa.com/soushin/honya.html

どんだけ書くのが好きなんだ、平野さん。私より書いているんじゃないか。実に精力的に活動を行っている書店だし、スタッフでもある。
まあ、これだけで圧倒されてしまって、もう聞くことなどなくなってしまった感じ。それに、この平野さん、ひと癖もふた癖もある方だから、こちらが投げた質問に、ストレートでは返してこないしな。
というわけで、質問は早々に切り上げ、店内を案内してもらうことにした。

Img_1185 まあ、そこここにこだわりが詰まっている。
まず、入ったところに、「中村佑介グッズと本フェア」として、セーラー服の少女が印象的な兵庫出身のイラストレーター中村佑介の画集やトランプ、絵葉書を置いたコーナーがある。
休刊の危機にある古書専門誌「彷書月刊」を応援するためのバックナンバーのコーナーがある。
「本の雑誌」の編集スタッフがお奨めする日記本フェアをやっている。
「海文堂店長身辺整理の蔵書放出100円均一フェア」もある。
柱のところのImg_1141 書棚はちんき堂という古本屋の本が並んでいる。上記5つのことが、入り口からわずか3、4メートルくらいまでのところで、展開されているのだ。
古本コーナーがある、というのは最初にいただいたレジメにも書いてあったけど、古本屋が提供した本だけでなく、スタッフが持ち込んだものもこっそり隅っこに隠れて売っているんだそうな(店長のは、堂々と出していましたけど)。
もちろん、新刊書、話題書は普通のベストセラーも並んでいるし(平Img_1140 野さんの「本屋の眼」も、もちろん新聞の切り抜きといっしょに平積みで飾ってある)、売れ筋は「1Q84」だったりもするけれど、週間ベスト10の2位に「こうべ文学散歩」(神戸新聞総合出版センター)が来ていたり、梅原猛の「葬られた王朝」(新潮社)や井上ひさし「ふふふふ」(講談社)もランキングに入っていたり。新書とはいえ岩波が3冊も入っているんだな。岩波書店の品揃えがいいことも、この店の自慢のひとつだったりする。このベストセラーリストからわかるように、お客は男性の中高年が多いのだが、
「清水さんではないですけど、意外と若い女性のファンもうちは多いんですよ」
と、ちょっと得意げな平野さん。わかるわかる、文系女子の心をひきつけるような知的な雰囲気があるもんな。レトロな感じも女子好みだし、女子の好きな児童書 のコーナーも充実しているし。
Img_1156 女子ウケはどうかわからないが、音楽・映画・芸能関係の本は、文庫も単行本もいっしょに並べた文脈棚。文庫まで混ぜて、というのはちょっと珍しい。でまあ、音楽についてだけいうと、妙に60年代70年代が妙に充実している。はっぴいえんどだの、岡林信康、友部正人、吉田拓郎といっしょに、クレージーケンやECDの本がいっしょに並ぶ。どっちにしろ、渋い選定だが。忌野清志郎が平積みになっているのはともかく、高田渡関係が2冊も平になっているのはなぜ? いまだに追悼特集が続いているのか。そりゃ、60年代フォークをレスペクトする人には、絶対的な存在の人ですけど。
Img_1144 ほかにも、天井や壁のところに来店した有名作家のサインがあったり、古本コーナーとか、神戸本コーナーとか、ちょっとしたところに、オリジナルなコーナーがあるので、見ていて飽きない。もちろん、ふつうに棚に並んでいる本だって面白いし。各棚、きっちり担当者がいて管理されているからこその、ユニークな品揃え。へー、こんな本があるんだ、という発見も多く、時間が経つのを忘れる。いろんな説明の言葉よりも、幾多の活動よりも、この棚こそが海文堂の存在そのもの。
あ、2階には海文堂の海文堂たる由縁、海事書専門コーナーもあるし、ギャラリーもあるし。これでカフェとトイレが併設されていれば、丸一日、いられるだろうな、と思う。
とにかくもう、圧倒的な存在感、圧倒的な棚。書店の決まりごとなど取っ払ってしまったような自由さ。
「いえ、うちは普通の町の本屋ですよ」
Img_1178_2 と、レジに立った平野さんに替わって説明してくださった北村友之さんも言う。この人が、芸能関係の棚を作っている。年齢はまだ30代か。60年代は絶対、知らないよね。で、「町の本屋」というのが、この店のポリシーであるらしい。最初にいただいたレジメでもそこを強調していたし、平野さんもそう言った。町にある本屋なのは間違いないが、これだけ棚が個性を主張している本屋はそんなに見たことがない。あの、芸能関係だったら、アムロちゃんとかエグザイルとか、嵐やAKB48でコーナーを作るのがいまどきの町の本屋さんだと思うんですけど。あの渋い並びは何? 芸能に限らずそれぞれのコーナーが声高に主張しているんだけど、それでも、海文堂という器がそれをしっくりひとつにまとめているような気がする。何をやっても、この空間だったらOK、みたいな。
Img_1153 「でも、たとえば京都の恵文社さんなんかは全部自分で注文して仕入れているわけですから、そっちの方がすごいと思いますよ」
それはもちろんそうですけどね。恵文社と違ってこちらには付録つきの雑誌もありましたよ。でも、両方あることが、よけいおかしい。そのアンバランスさにパワーを感じる。私の羽はバタバタしませんでしたけど、ずどーんと穴の深いところに引っ張られたような気持ち。賑やかな普通の商店街の中に、あるはずがないものを見たような。

店を出たら妙に空が明るかった。いや、まだ4時だ。明るいのは当たり前。だけど、店のImg_1179 中は、別の時間が流れている。とっくに夜になっているかと思っていた。だまされたような気持ちになった。海文堂という時間を超越した異空間にいると、平穏な日常の方がなんか不思議に思えた。

やっぱり怪文堂だ。
だけど、すんげえ面白い、と思ったのは、私もその毒にやられたからかも。
快文堂でもいいや。
海文堂の衝撃を、自分の中でうまく消化できないまま、元町商店街を後にした。

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No.70 うつのみや 柿木畠本店(金沢市広坂)

Img_1034 うつのみや。
うつのみや書店ではない。うつのみやはうつのみや。
たとえば、セロテープが商品名ではなくセロハンテープ全般を指すように、ある時代、金沢ではうつのみやというのが本屋の代名詞だったという。昨年で創業130周年。徳田秋聲、泉鏡花、室生犀星という金沢の誇る三文豪も、ここで立ち読みをした。古都金沢では創業100年以上の60社ほどの老舗が参加する「老舗100年会」という組織があるそうだが、その中で書店としては唯一名前を連ねているのが、このうつのみやなのである。

Img_1035 とまあ、これだけでうつのみやの老舗ぶりがなんとなく伝わってくる。石川県官報販売所と名刺にもうたっており、官公庁との繋がりも深い。当然、外商員も多い。公立の小中高大学、県内の私立大学全部、官公庁、それに個人のお宅にも届けている。派手目のロゴを入れた外商の自動車は、金沢の街中ではおなじみだ。
また、官公庁や企業などでの職場で注文いただいた本には、うつのみやのカバーを必ずつけるという。これは宣伝になると同時に「何を読んでいるか知られたくない」という、お客様のプライバシーに配慮しているからである。

Img_1037 お話をしてくださったのは、うつのみやの営業本部副部長であり、卸事業部の部長でもある渡辺好一さん。渡辺さんも外商を15年経験したという。昔は個人のおたくにお邪魔して、学校にあがるときには学年誌を、高校に入る頃には辞書を奨める、といった細やかな営業をしていた。だから、その家の家族構成とか好みとかも全部、把握していた。だから、自分が結婚するときにお客様にお祝いを戴いたり、入院したときはお見舞いをもらったりしたという。
Img_1036 「いまはそういう売り方はできませんね。個人情報の問題もありますから、たとえば職場でもオフィスの中には入れないようになった。受付で商品を引き渡すだけですからね」
いまでも印象的に覚えているのは、北國新聞社の編集長のこと。月に10万以上も本を買うような読書家で、手帳にはうつのみやの棚の本の名前がびっしり書かれている。それで、「明日これを届けてほしい」と電話が入ったのだそうだ。
渡辺さんが「どうしてその場で本を買わないのですか?」と尋ねると、
「一週間手帳に本の名前を書いておくと、いるかいらないかがわかる。読書を趣味という人がいるが、それはおかしい。読書することは空気を吸うことと同じだ。生きてて、目が開いているなら、人としてすべき行為だ」
と、おっしゃったという。
Img_1038 「そういうことを聞けたのも、外商ならでは、だと思いますねえ」
そういった人との繋がりもさることながら、うつのみやは県内のほかの書店との繋がりも大事にしてきた。それは、終戦後の混乱が落ち着き始めた頃に始まる。石川県も奥能登の方は交通事情も悪く、なかなか本が届かなかった。人々は活字に飢えている。うつのみやの先代が、それではいけない、と地元の雑貨屋などに頼んで本を置かせてもらったという。そこから始まって、後にはそうした地域の本屋のために、トーハンの二次卸をやるようになった。
トーハンの二次卸。
Img_1039 不勉強にして私は初めて耳にした。つまりは、トーハンの代行ということだそうだ。資金がなく、直接、トーハンと取引できない小さな書店に対して、うつのみやが取引関係を結ぶ。そして、トーハンに替わって本を届けたり、集金をしたりといった中継ぎをする、ということなのだ。
「いまは流通事情がよくなったので、商品は東販から直接送られるようになりましたが、集金はいまでもうちが代行しています」
交通事情がよくなったとはいえ、奥能登の先の方まで数万円の集金のために人を派遣していては効率が悪い。うつのみやの外商と協力することで、トーハンとしても助かることになる。一方で辺鄙な場所にあり、売り上げがさほど大きくない書店も、うつのみやと契約することで、流通の保障を得ることになる。

Img_1041 その話を聞いて、納得した。私は昔から地方を旅行するたび「この辺の人たちは、どうやって本を手に入れているのだろう。本屋はあるのだろうか」と考える子供だった(ネット書店の前の時代です、もちろん)。名古屋市内ですら、子供の頃は近所に本屋がなかった。まして辺鄙な山中とかはどうなっているのだろう、と。
だが、「不便な地域にも本を届けよう」という熱意が、そういうやり方を生む。もちろん、うつのみやも仲介手数料を取っているだろうし、それがビジネスとしての利益をもたらしてもいるだろうが、最初にあったのは文化を守ろう、文化を届けようという本屋魂みたいなものだったのではないか。

Img_1044 金沢は文化都市といわれる。前述の三文豪をはじめ、多くの文化人を輩出しているし、小説や芝居の舞台にもなっている。
また、区市町村別書店売場面積上位表(宮脇書店の熊坂さん、資料提供ありがとうございます)その4位に金沢市がきている。大型書店の進出でトップを狙えそうな我が新宿区(全国6位)を上回る成績だ。このリストは人口比などは関係なく、単純に売り場面積の合計。つまり金沢は全国有数の本屋(の売り場面積)の多い町だということなのだ。
Img_1045 加えて金沢市は泉鏡花賞を主催している。ローカルな賞でありながら、これは版元主催の文学賞並の権威がある。そうした文学賞の存在も、文化 レベルの高さを示すバロメーターのひとつ、といえよう。ちなみに、同じ石川県には白川市主催の島清恋愛文学賞もある。こちらも知名度は高い。
こうした文学を愛する風土を形成するのに、うつのみやの果たした役割は小さくないだろう。戦後のもののない時期にも、県の奥地まで本を届けてきた。人々が本を読むことを可能にした。本が文化の中心、書店が地域の文化の拠点だった時代というのは確かにあったし、この店はその一翼を担ってきたのだ。
「うちは古くからのお客様が多く、こちらが何かミスをすると『天下のうつのみやが何をやっている』と怒られます」
それだけ、地元の人々のこの店に対する期待も大きいのだろう。「天下のうつのみや」そうお客は呼ぶし、そう呼ばれることを、うつのみやの人は誇りにもしている。

Img_1043 近年、ネット書店や大型書店の進出で外商も押され気味だが、それでも年に一度、その力が如実にわかることがある。婦人雑誌の年に一度の拡販期、正月号の販売時期のことだ。家計簿などの付録がついて販売拡大を狙うこの時期、かつては「主婦の友」単体を、うつのみやグループで4万冊売ったこともあるという。毎年、それで版元に盛大な慰労会をしてもらったのだそうだ。今年も「すてきな奥さん」や「婦人画報」などをあわせて万単位の冊数を売ったという。なかなかのものだ。本気を出せば、まだまだうつのみやグループの協力体制は強いということだろう。

Img_1040 時代は変わって、本屋の役割も変わりつつある。昔のような商売ではだめだ、と言われている。老舗といえど、名前に胡坐をかいていられないし、新しい商売のやり方をみつけていかなければならないだろう。
しかし、伝統とか歴史とかいうものも、決して馬鹿にならない。ネット書店では決して育てられない何かを、ここうつのみやは育ててきたはずだ。100年以上かかって、この地に根付き、この地の文化に貢献してきた。それを喪うことは、大げさにいえば、地域の文化とか独自性を失うことに等しいのではないか。便利ということが、人の繋がりや、そこから生まれる何かに勝るものなのだろうか。
そんなことを思いながら、この店をあとにした。

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No.68 七五書店(名古屋市瑞穂区)

Img_0997 さて、西日本営業の最初は再び名古屋。実はこちら、七五書店のことを知ったのは、ツイッター上で。以前、新瑞橋の泰文堂の記事をブログに上げたところ「うちの近所」と七五書店の方がツイッター上でつぶやいてくださったのだ。
泰文堂に近いということは、うちの実家にも近い。でも、新瑞橋からバスで一駅のところに、本屋があっただろうか。このあたりは、自分の(本屋チェックの)テリトリーだったはずなのに。
それで俄然、興味を覚えて、ツイッターを通じて営業兼取材の申し込みをしてみたのだった。

Img_0998 七五書店で出迎えてくださったのは、熊谷隆章さん。会った直後に、実はこの熊谷さん、桜台高校卒業ということで、自分の後輩でもあることが発覚。地元なんで、ありえないことではないのだが、いきなりなので驚いた。大学の後輩の書店員としてはオリオン書房の白川さんがいるが、高校の後輩に会ったのは初めて。これも縁だな、と思いました。さっそく熊谷さんに売り場を案内してもらうことにする。

Img_0999 七五書店の名前の由来は、店舗の坪数が75坪だから、ということらしい。町の本屋さんとしては、比較的広いので、ゆったりしている。めざしているのは、
「一見普通の本屋だけど、癖がある。中毒性のある棚になっている」
ということだそうだ。その言葉通り、入ってすぐの目立つフェア台のラインナップがまず普通じゃない。林真理子「下流の宴」(毎日新聞社)柳美里Img_1001 「ファミリー・シークレット」(講談社)川上弘美「パスタマシーンの幽霊」(マガジンハウス)が面陳されているのは、まあいいとしよう。それらと並んで「秘密結社の時代」(海野弘・河出ブックス)、「カントの人間学」(ミッシェル・フーコー・新潮社)、「談志最後の根多帳」(悟桐書院)。棚差しだが、「出版の魂」(高橋秀明・牧野出版)「鉄道という文化」(小島英俊・角川選書)「悪魔学入門~デビルマンを解剖する」(南條竹則・講談社)、うーむ、これは、どんなコンセプトなのImg_1003 か。
「うちは新刊がどさっと入ってくる店ではなく、自分で注文して選んでいるので、この並びにはこだわっています。まあ、自分なりの文脈棚というか。ざっくり言って、こっちは文系。裏側がビジネスとか社会科学系」
確かに、棚差しになっているものには、ある種の流れを感じる。面陳の基準は私にはわからないけど。で、角のところにはImg_1004 「1Q84](新潮社)や「天地明察」(角川書店)といった売れ筋が並ぶ。
「心掛けているのは、探しやすい棚。だけど、それだけでは面白くない棚になる。探しやすさと同時に、こんな本があるという発見がもたれるようにしたい」
そうした意図から、文庫本についても、版元別ではなく、作家別のあいうえお順になっている。確かに、ライトノベルのファンをのぞけば、お客はどこの版元かはあまり気にしていない。作家別に並べてもらった方がわかりやImg_1007 すい。それだけでなく、たとえば浅田次郎と芥川龍之介、あいうえお順では浅田さんが前だが、棚の幅の関係でそのとおりに並べると2段にまたいでしまう。なので、あえて順序を入れ替えて、芥川を前に並べる。小さなことだが、お客様に対する気配りだ。それだけでなく、「隣にくる作家の名前も考えて並べる」のだそうな。
そのコンセプトが端的に現れているのは、実は小説ではなく、ノンフィクションの棚。
Img_1006 たとえば小松和彦の「日本妖怪異聞録」(講談社学術文庫)があって、佐野眞一「旅する巨人~宮本常一と渋沢敬三」(文春文庫)、そしてその宮本常一の2冊並んだ横に柳田国男、そして柴田宵曲の「奇談異聞辞典」(ちくま学芸文庫)という流れ。面白いよ。

さらに、文庫棚をよく見ると、隅のところに薄い箱が張り付いていた。中には「東野圭吾文庫作品リスト201004」というフリーペーImg_1013 パーが入っている。内容は、2010年現在、文庫で入手可能な東野作品のリストだ。タイトルだけでなく、それぞれの価格、版元、ISBNコード、発行年月日もついている。もちろん手作り。たぶんエクセルで表を作って、B5の紙にプリントアウトしている。東野さんだけでなく、宮城谷昌光さんや宮部みゆきさん、藤沢周平さんといった人気作家については同じものが作られている。
いいな、こういうの。ほかではまだ見ていない。作るのは、結構、面倒だと思うけど、お客は喜ぶと思う。これがあれば、どれだけその作家の本を読んだかチェックできるし、次に買う目安になる。自分だったら、宮部みゆきさんのをもらって帰って、マーカーで読んだ本に色を塗る。
「どれだけ販促に繋がっているかはわかりませんが、持って行かれる方は多いですね」
そうでしょう。ファンは嬉しいもの。きっと、これを見て買う人もいますよ。

Img_1018 それに、特筆すべきは本屋大賞の棚。受賞作候補作が並んでいるのはもちろんだが、熊谷さん自身が投票した3冊もPOPつきで並んでいる。「ハーモニー」(伊藤計劃・早川書房)、「線」(古処誠二・角川書店)そして「よろこびの歌」(宮下奈都・実業之日本社)。
をを、「よろこびの歌」。宮下奈都さん。これは「銀盤のトレース」の担当編集者である高中さんの仕事。その縁で、宮下さんとは3日後に会うことになっている。やっぱり、繋がりますねえ。いえ、うちの地元だとか、私の後輩といった時点で、こちらとは浅からぬ縁ではないか、と思ってたのですが。
Img_1016 もちろん、熊谷さんはツイッター発の「スコーレNo.4」の秘密結社の運動にも参加している。この時点では、まだ運動が動きだした直後だったが、すでにコーナーを作って展開していた。すばやい動き。おそらく、運動とは関係なく、「スコーレNo.4」を多めに仕入れていたのだろう。「よろこびの歌」を推すくらいだから、宮下さんの文庫にチェックを入れていないわけはない。
ほかにも、ツイッター上で以前、盛り上がった「ネコ本」運動にもこImg_1015 ちらは参加していて、その名残もちらり。POPだけでなく、棚にシールを貼って楽しさを演出しているのがいい。

ほかに、いままで仕掛けて印象に残るものは?と、尋ねると、
「そうですね。どういうきっかけかは覚えていないのですが『クレイジーカンガルーの夏』(諠 阿古・GA文庫)を読んですごく面白くて、ライトノベルですが一般の方にも紹介したいと思いました。本屋大賞にも推薦したところ、『本の雑誌』の増刊号に自分が書いたコメントが掲載されました。するImg_1014 と、それを読んだ版元の営業の方から、夏休みの注文書にそのコメントを使わせてほしいという連絡をもらいました。小さい書店なので、営業の方もあまりいらっしゃらないですし、版元の方とあまり接点がないので、こういうやりとりがあると印象深いです。この文庫については、うちの店頭でもコメントを書いたパネルを作ったりしたので、まずまずの反響でした。うちでは、こうした仕掛けはたまにしかやらないので、やるからにはお客様に響くものを、と思います」

ところで、こちらの客層はどんな感じなのだろう。
「学生から家族連れまで幅広いです。男女比では同じくらい。常連の方は多いと思います。でも、接客するうえでは、常連の方もそうでない方も、区別しないように対応したいと心掛けています」
Img_1008 なるほど。熊谷さん、真面目な方だ。そんな熊谷さん、個人的に好きな書店はどこだろうか。
「ちくさ正文館です。こちら、高校時代に初めて入ってすごいショックを受けました。以来、すごく意識しています」
出た!名古屋の基本、ちくさ正文館。やはり、ここは名古屋の書店員には絶大なレスペクトをされているんだなあ。熊谷さんの本の選びにも、確かにちくさ正文館の匂いは感じたよ。
「それから、往来堂書店の元の店長の安藤さんの『文脈棚』の考え方にも影響を受けました」
なるほど。あの新刊台はそれなのか。
「さらに、サカエ地下のリブレット。こじんまりとした店だけど、リブレットの面白さをぎゅっと凝縮した感じで、面白いです」

Img_1019 ところで、熊谷さん、ツイッターやブログなどで活発に書き込みをされている。その理由は、と尋ねると、
「地元のお客さん以外にも、少しでも認知してほしいと思うので」
とのこと。そうだよね。このあたり、うちの実家の近くでもあるけれど、どちらかといえば下町、庶民的な地区だ。普通で考えれば、わかりやすい有名作家とか、ベストセラーを置こうと思うだろう。だけど、あえて本好きにも楽しめる店作りを、と頑張っているのがわかる。この地区にあるまじきレベルの高さだ。だからこそ、広く本好きの客を集めたいと熊谷さんは思うのかもしれない。
Img_1020 それがうまくいってほしい、と私も思うが、同時にこの地区の子供たちは幸せだ、と思う。
こういう店が近所にあったら、きっと楽しいよ。
ほかの店を知らないから、今はこれが当たり前だと思うだろうけど、いつか子供たちも気がつくと思うよ。町の本屋にはあまりない本が当たり前に並んでいた、それがどれほど幸せなことか。
小さい頃接する本、つまり地元の本屋で見掛けた本が、後にその人の嗜好にも影響するというのは、この年になってますます実感することだから。

こういう本屋が、高校時代にほしかった。
きっと、週に何回も通っていたよ。
地元の本屋を5軒探して、あとは丸善になければ名古屋のどこにもない(30年前の名古屋はそうだった)。そんな貧しい本屋環境で育った身としては「今の子はいいなあ」とうらやましくなると同時に、その店で頑張っているのが高校の後輩という事実に、なにか胸が温かくなる思いだった。
がんばれ、七五書店!
遠くから、エールを送っています。

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