« No15 本の王国ほら貝店(名古屋市緑区) | トップページ | No.17いまじん碧南店(愛知県碧南市) »

白川さんのこと

営業記録の1軒目のところで、私が「ブックストア・ウォーズ」の取材のために、オリオン書房ノルテ店に3日ほど研修したことを書いた。その時、指導係としてついてくれたのが、白川浩介さんだった。彼がいわゆるカリスマ書店員(そう呼ばれることを、本人は嫌がっているが)と呼ばれる人だ、という事はなんとなく知っていた。でも、書店業界の右も左もわからないその頃は、白川さんというのは本好きの、気さくなお兄さん(私よりうんと若いが)という感じだった。業界の人だったら、白川さんに3日といえど、教えを乞うことができたことをうらやましい、と思うのだろうが、何にも知らない私には、猫に小判、馬の耳に念仏状態だった。

私が、どれくらい書店のことを知らなかったか、というエピソードがある。研修の3日の間に、レジの仕事、検品、雑誌の付録をつけるなど、一通りの仕事をやらせてもらっていた。あるとき、検品の終わった本がレジ横に置きっぱなしになっているのに気がついた。
「私、これを棚に出しておきましょうか?」
何かやりたい、役に立ちたいという一心でそう尋ねると、白川さんは一瞬、すごく複雑な顔をしたが、「いいですよ」と、おっしゃった。まあ、ここまで読んで、この先の展開がわかる人にはわかるだろう。
私は3分も経たないうちにギブアップして、白川さんのところに戻ってきた。
「すみません、できませんでした」
白川さんは、ほっとしたように、あるいは私が理解したことを理解した、という顔でにっこり微笑んだ。

そうなのだ。本屋の本棚にはぎっしり本が詰まっている。1冊棚に入れようとすれば、1冊出さなければならない。だが、じっとにらんでも、どの本が不要でどの本が必要か、さっぱりわからない。そもそも、オリオン書房の文芸の棚は、著者名のあいうえお順に並んではいない。だから、何をどう並べたらいいのか、部外者には理解不能だったのだ。
この時、初めて私は書棚の本の並び方には、それぞれ担当者の個性がある、ということを知ったのである。さらに、その棚の並べ方で、書店員の見識とか実力が測られるものだ、ということは、しばらく後になってから知ったことだった。

「本を並べる順番はどうやって決めているんですか?」
「そうですねえ。勘というか」
白川さんからもはっきりした説明は得られなかった。おそらくその棚その棚で白川さんなりの基準というものがあるのだろが、うまく説明できない感じだった。
その時、いろいろな話を伺ったと思うのだが、記憶に残っていることは残念ながら少ない。メモを取っておけばよかった、とつくづく思う。ひとつはっきり覚えているのは、白川さんの場合、いい本で絶版になりそうなもの、絶版が決まったものは、ひそかに集めておく、と言われたことだ。時に、絶版と目録に記載されていても、倉庫の奥から出してきてもらったり。だから、版元にはなくても、オリオンの棚にはある、という本もいくつも混じっているらしい。これは素人でもわかるすごいことだった。ほかの人にはなかなかできないだろうということも見当がついた。当時取材したリブロの矢部潤子さんが、「今、文芸で一番勢いがあるのはオリオンの白川さん」とおっしゃっていたのは、こういうことの積み重ねなんだろうな、と思った。
しかし、それは、白川さん自身の知識と行動力、版元営業とのコネクションだけでなく、オリオンという店舗の大きさ、店の方針、さらにはそれを許す石黒店長や上層部の度量がなければ成立しない(在庫をそれだけ抱えることになるから)。それがわかったのは、もうちょっと経ってからだった。

ほかにも、白川さんの言葉ではっきり記憶に残っていることがある。それは、
「ヒット作を作ることは簡単だ。それより、お客さんに再来店してもらえることの方が難しい」
たぶん、これは酒を呑んで酔っ払っておっしゃったことだと思う。本屋大賞の仕掛け人の一人とも言われている白川さんが言うと、奢っていると取られかねない言葉だから。むしろ、普段の白川さんらしくない発言だから、強く印象に残った、とも言える。
だが、彼の名誉のために言っておくと、彼が言いたかったのは後半部分だ。それほど接客とは難しいものだ、ということなのだ。書店というのは、お客さんに足を運ばせてなんぼだ。コンスタントに売り上げを立ててなんぼ、なのだ。
これは、私自身が書店小説を書くうえで、とても参考になった。というか、そういう見方が小説の出発点となった。たぶん、このブログを書くうえでも、それは現れていると思う。
白川さん自身は、自分がカリスマ書店員と呼ばれることも、本屋大賞の仕掛け人と持ち上げられることも、とてもクールに捉えている。
「たぶん、今、カリスマ書店員の推薦と言うやり方で売ることが流行になっているから、そうなっているんでしょう。そこで自分たちは踊らされているだけです。まあ、踊って売れ行きがよくなるのなら、それでもかまわないですけど」
「本屋大賞だって、いつ手放してもいいと思っている。自分たち以外の人で、ちゃんと運営してくれる人がいれば、それでもかまわない。もちろん、やれる限りはできるだけ頑張りますけどね」
一見、ドライとも思えるそのスタンスだが、私にはよく理解できた。案外、ものごとの中心にいる人はそんなものだ。編集者として幸いにもその業界のトップと言われる人に会うこともあったが、そういう人たちはみな共通している。仕事を一生懸命やった結果、たまたま人から評価されるようなことになってしまっただけで、評価されることが目的ではない。だから、評価されることに対しても幻想を持っていない。

こうして書いてみると、やっぱり「ブックストア・ウオーズ」には白川さんに触発されたことがずいぶん入っているんだなあ、と思う。主人公のひとり、理子というのはまぎれもなく白川さん的な考えの持ち主だ。
実は、白川さんとの関わりについては、これまであまり言わないことにしていた。隠してきたわけでもないが。「ブックストア・ウオーズ」のために取材したお店を公にはしない、というのが新潮社の方針だったし、純文学や海外文学に造詣の深い白川さんの好みと私の小説はあまりにもかけ離れているので、私と親しいことを知られることが、彼のプラスになるとは思えなかったのだ。さらに、本屋大賞のスタッフでもある白川さんと関わりがある、ということについて、他人からいろいろ誤解されかねないだろう、と思ってもいたし。本屋大賞狙いとかね(まさか、そんなことくらいで、全国書店員の投票で決まる賞が影響受けるなんてありえないことなんですけどね)。
でもまあ、そろそろ時効だろう。それに、白川さんも文芸から人文に担当が変わられたことでもあるし。

今回、いろんな書店をめぐって、いろんな書店員さんに触発されている。それを記していくことはとても楽しい。私自身はライターだったこともあるから、取材原稿は原点に戻ると言う気がする。小説とはまた違った楽しさがある。
だが、だからこそ、白川さんに触発されたことも書いておきたかったのだ。そこからすべてが始まっている、という気がするから。今回お会いする方たち以上に、私がいろいろ教えていただいた方だから。
それに、たぶん書くということが、物書きである私にとっては白川さんにしていただいたことへの最大の感謝の方法だと思うのである。

|

« No15 本の王国ほら貝店(名古屋市緑区) | トップページ | No.17いまじん碧南店(愛知県碧南市) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/552111/47543861

この記事へのトラックバック一覧です: 白川さんのこと:

« No15 本の王国ほら貝店(名古屋市緑区) | トップページ | No.17いまじん碧南店(愛知県碧南市) »